少女(有川静)

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 その日を境に、お兄ちゃんはあたしを抱くようになった。  お兄ちゃんの機嫌が悪い日は、煙草の痕が一つずつ増えた。少し経つと、右腰にはおぞましい痕がびっしりと刻まれた。  避妊具なんて、着けてくれない。最低で最悪の行為に毎日頭を悩ませながら、それでも日々をやり過ごした。  そのうち、鈍痛は鈍くなりすぎた。  何も感じないふりをすると、そのうちほんとうに何も感じなくなったのだ。感情の希薄化という新しい生き方を覚えると、兄との行為はただの作業になった。  だが、あたしはもう一つの苦しみをかかえることになった。飢えである。  いつものスーパーが出禁になったことで万引きができなくなったのだ。公立中学の給食だけが頼りだったが、土日はなにも食べることができず、そういうときはただずっと、水道水を飲んで過ごしていた。  キッチンを触ると母親が怒る。お兄ちゃんが気まぐれに菓子パンをくれることがあったけれど、あたしの体力は徐々に限界に近づいていった。  こういうとき、あたしは、お兄ちゃん以外の人に頼る術を知らなかった。あたしの生活は兄が全てだった。 「……おなかが空いたんです。たすけてください」  兄の前で土下座をした。ふわりふわりの自己防衛は、兄の前では通用しない。必死の思いで頭を下げないと、彼はあたしの言葉に耳を傾けない。 「いいよ。じゃあそのかわり、写真撮らせて」 「しゃしん……?」 「うん。トイレ、いこうか」  お兄ちゃんはあたしの手を引いて、トイレに促した。  個室に入れられる。兄はドアを閉めず、扉の前に立ったまま。 「そこで、して」 「なんで?」 「写真ね、高く売れるし、おれもそういうの、趣味なんだよね」 「っ、やだ」 「言うこと聞かないと、ご飯あげないよ?」 「……」  お兄ちゃんの顔を見る。兄は腕を組みながら、あたしを見下ろしていた。 「なあに。煙草でジューするより、全然いたくないのに、できないの? それとも、煙草の方がよかった?」  いやだ、煙草は、いや。いたいの、いや。  ここでするだけ? 写真撮られて、恥ずかしいの我慢するだけ? でも、そんなの見られたくない。だけど、煙草はいやだ。  排泄現場を撮られるか、煙草を押し当てられるか、飢えて死ぬか。その3択以外許されない現実を、いつから受け入れられるようになったのだろう。  お兄ちゃんに全ての苦楽を握られているあたしは、兄に与えられた選択肢の中でしか生きられなかった。3択の中では最も簡単な選択肢に流されるあたしは、悪い子なのだろうか。  ゆっくりと、衣服をおろした。
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