少女(有川静)

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 ファミレスを出ると、人気のない雑居ビルに連れて行かれた。  隣のビルの壁に面する薄暗い外階段を登る。コンクリートには全く陽の光が差さず、夏なのにすこし肌寒かった。  5階の踊り場にやってくると、お兄ちゃんが6階に続く階段に腰掛けながら言う。 「あと10分後に、男の人が来る。そしたらここで、下着を脱いでその人に渡して」 「え?」 「パンツ売るだけだよ。静は中学生だし、生脱ぎだから相場より高く売れる」  なに、それ。  下着を売るの? 知らない人の目の前で、あたし、脱ぐの? それで、お金もらうの? 「そんなこと、していいの?」 「大丈夫。おれの言うこと、信じてくれたら静にお金あげるから」  戸惑いを隠せず目を泳がせるあたしの頬を、お兄ちゃんがやさしく包み込む。  目の前に、真っ黒な双眼があった。あたしの目は、お兄ちゃんの目に似てるってよく言われる。有川絃と有川静をつなぐ唯一の共通点だ。 「おれ、静ならできるって、信じてるから。静は良い子だから、お兄ちゃんの言うこと、聞けるでしょ?」 「……っ」 「へんじはー?」 「……できます、やります」  お腹の底に、重たい鉛がずし、と乗っているかのような嫌悪感に襲われる。  夜な夜な、お兄ちゃんに何度も触られ、貫かれ、煙草の火を押し付けられたけれど、それとはまた違う、別種の恐怖心がじわりじわりと湧き上がってくる。  でも、やるしかなかった。やらなきゃいけなかった。 「お兄ちゃん、」 「なあに?」 「その人が来るまで、手、にぎってて」 「いいよ」  ぎゅう、と握られる。あたしの存在を唯一認めてくれる兄からの飴はとってもあまくて、生温かかった。  
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