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兄が階下に消えて、男性は目をぎらつかせた。こんな歳になっても、あたしみたいな中学生に興奮しちゃって、きもちわるいな。
「じゃあ、ユキちゃん、脱いで」
やらないと、お兄ちゃんに怒られる。
やらないと、お兄ちゃんに見捨てられる。
やらないと、あたしはひとりになる。
じゃあ、やるしかないじゃん。でも、別にいいや。脱いで、下着を渡すだけでお金がもらえるのだから。安いって。こんなの。ちょっと、ほんの一瞬だけがんばればいいの。
「……はあい。ちゃんと、みててねえ」
ふわり、ふわりの自己防衛。あたしの心を守るのは、これしかなかった。
ズボンのホックを外し、前屈みになりながら脱いだ。
痛くない。辛くない。悲しくない。虚しくなんか、ない。
心を殺す。ここには、無しかない。ふわり、ふわり。
「もっと近くで、みてもいいよー?」
見せつけるように、下着をずり下ろした。ゆっくりとした動作で。何も考えるな。
両足から抜き取ったそれを、目の前のおじさんに手渡した。彼は目をぎらぎらさせて、それを懐に仕舞った。
下着を身に纏わないまま、脱いだズボンを元のように履く。すーすーとした下半身の違和感は、自分の行動の歪みを自覚させた。
「……ユキちゃん、最高だね。ありがとう。また、よろしくね」
「うんー」
男性がいなくなる。すると入れ違いに、お兄ちゃんが階段を登ってきた。
あたしとお揃いの、お兄ちゃんの瞳。真っ黒で、いつもかなしそうな目。
「静、変なことされなかった?」
「うん、へいきー」
「そ。おつかれさま。じゃあこれ、静のぶん」
お兄ちゃんは、さっきの人から貰った茶封筒から、5千円札をあたしに渡した。
1万5千円のうち、あたしの取り分はたったの5千円。さっきの行為の対価は、紙切れ一枚だった。
だが、あたしにとっては喉から手が出るくらい欲しかったお金だった。これで、万引きをせずとも、少しの間はご飯が手に入る。
「お兄ちゃん、ありがとうー」
この日を境に、ずっと育ててきた、ふわり、ふわりの自己防衛がついに完成し、あたしは本当の意味で、感情を殺すことを覚えたのだ。
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