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あれから数週間が経った。夏はまだまだ肌にまとわりついて、あたしを離してくれなかった。
ふわり、ふわりと世を渡り、何かに対して何かを思うこともなくなったある日の放課後のことだった。
あたしは道端で、きらきらした装飾が施されたウイスキーの瓶を拾った。
かわいい、と思ったからだった。四角い形に、レースみたいな柄が刻印されている。かわいい見た目なのに、ずっしりと重たかった。
あたしはそれを部屋に持ち帰った。そして、それを抱きながら眠りについた。
深夜1時。いつもの時間に目が覚める。廊下から、ひたひたと足音が迫ってくる。愛する人の足音だった。
この頃のあたしは、お兄ちゃんのことを本気で愛していた。
おじさんに抱かれるよりは、お兄ちゃんに抱かれたかった。お兄ちゃんはあたしに分け前をくれた。お兄ちゃんは話し相手になってくれた。お兄ちゃんはあたしの存在を認知してくれた。お兄ちゃんだけが、あたしをあたたかく抱きしめてくれた。
兄を愛すことがあたしの存在意義となった。そうすることが自然だった。それ以外のことは考えられなかった。
「静、起きて」
かちゃりと扉が開いたその先に、お兄ちゃんがいる。だいすきな、お兄ちゃん。この世界で唯一、あたしを見てくれるひと。
あたしはウイスキーの瓶を布団の中に隠して起き上がった。
「お兄ちゃん、」
「ん?」
「ぎゅ、てしたい」
お兄ちゃんは無言であたしを抱きしめてくれた。力強い腕に支えられ、すごく、安心した。
すこし厳しいけど、あたしを見てくれるお兄ちゃん。昔は、首を絞められたり、足の爪を剥がされたり、叩かれたりするたびに、憎くて仕方なかったのに、もう今は、お兄ちゃんがいないとご飯も食べられないし、お兄ちゃんが与える選択肢の中でしか生きられない。
兄はひとしきりあたしを抱きしめてから、そっとその腕をほどく。
「……ごめん、煙草吸わせて」
お兄ちゃんはあたしに背を向けて、ポケットから煙草を取り出した。紺色のパッケージの、ピースのライトだ。
かちり、火の点いた煙草の煙がぼんやりと浮かび、うすく開かれた窓の向こうへと煙が逃げていく。
あたしは布団の中で、ウイスキーのボトルを握りしめた。
お兄ちゃんのこと、愛してる。だからこそ、だった。
……この瓶で、お兄ちゃんを殴りたくて仕方がない。
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