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ゴッ、と大きい音が鳴って、兄の手から煙草が落ちた。
布団に火がついたら危ないので、煙草を拾って、火を自らの右腰に押し付けた。それ以外の方法で煙草の火を消す方法が思いつかなかったからなのだけれど、やっぱりいたーい。
お兄ちゃんが倒れ込んだので、あたしはお兄ちゃんの上に馬乗りになった。兄は、朦朧としているであろう意識のなかで、頭を抱えている。
「せ、い……?」
事態が飲み込めていない、という顔だ。
あたしはもう一度、瓶を振り下ろす。
頭を狙う。瓶が重くて、うまく当たらないなあ。ここかな? 角で狙えばいいのかな?
「ぅ、あああっ、! だ、ぁ、静、っど、うして……?」
「……」
痛くて、うまく声が出せないみたい。でもね、知ってる。思い切り叩かれると、脳みそががくんがくんってなって、大きい声出せなくなるんだよね。うんうん、わかるよー。
ごつ、ごつ、ごつ、ごつ、ごつ、と瓶を振り下ろす。兄の抵抗が、少しずつ弱々しくなってくる。
あんなに大きくて、やさしくて、なんでもできるスーパーマンみたいなお兄ちゃんは、かんたんに虫の息になる。
お兄ちゃんは、恐怖の表情をしていた。小学生の頃、お母さんに殴られていた兄の面影を感じた。
ほとんど消えかけた意識で、兄が口を開く。
「……おれは、静のこと、愛してた、のに」
知ってるよお。そんなの。言わなくてもわかる。だってあたしたち、兄妹だもの。
「あたしも、お兄ちゃんのこと、愛してる」
「っ! なら、どう、して」
「愛してるから、殴るんだよー」
瓶をもう一度、思い切り振り下ろす。
お母さんは、お兄ちゃんに期待してた。お母さんは、お兄ちゃんのことを愛していた。だから、お母さんはお兄ちゃんを殴った。
お兄ちゃんは、あたしの存在を認めてくれた。好きだよって言ってくれた。だから、お兄ちゃんはあたしを殴ったし、いろいろひどいことをしたんでしょう?
あたしもね、好き。お兄ちゃんのこと、愛してる。だから、お兄ちゃんを殴るの。みんな、好きな人のこと、殴るんでしょう? じゃあ、あたしもお兄ちゃんのこと殴らなきゃ。すきだって、伝えなきゃ!
最後の一振りを機に、お兄ちゃんは動かなくなった。
階下から、ふたりぶんの足音が聞こえる。お父さんと、お母さんだろうか。
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