少女(有川静)

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 阿鼻叫喚、というのは、阿鼻地獄と叫喚地獄を組み合わせた言葉なんだって。阿鼻地獄は、主君に逆らった者が落ちる地獄で、叫喚地獄は、殺生を行った者が落ちる地獄。兄殺しのあたしにはぴったりな地獄だ。 「あ、あ、ああああああああああ!!!!」  お母さんが泣き崩れている。何度揺さぶっても動かない兄の肉体に縋り付いては狂ったように叫んでいる。おかしいね、お母さん。お母さんだって、昔はお兄ちゃんのこと殴ってたくせに。  あたしに掴み掛かろうとする母親を、この家では影の薄い父親が必死に抑えつけていた。 「絃! いと! あたしのイト! あああああああああああっ!!!! いや、いやだ! 絃! 絃!」 「お前、落ち着け!!」  お父さんがお母さんがあたしに殴り掛かろうとするのを力ずくで抑えている。あたしは、生の抜けた有川絃の上で、空き瓶を持ちながら、ただぼうっとその光景を眺めていた。  お父さんの顔、久しぶりに見た。さいきんは、お父さんよりも、田中さんのほうがよく会ってたもんなあ。 「母さん、待ってくれ。どうして、こんな夜更けに絃が静の部屋にいたんだ!?」 「知らないわよ、そんなの!! 静のことはぜんぶ絃に任せてたの!! どうせ、静のこと躾けてたんでしょう!? あの子、どうしようもない子だったから!!!!」  あー、手がつけられないや。お父さんは、何も知らないから話にならないし、お母さんは、もうおかしくなっちゃった。お兄ちゃんは、なんか、動かないし。  人殺し!! という声だけが家中にこだましていた。  遠くから、サイレンの音が聞こえる。近所の誰かが、騒ぎを聞きつけて通報したのだろう。ほら、だってお兄ちゃん、煙草を吸うためにさっき、窓開けてたからさ。
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