少女(有川静)

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 お兄ちゃんは死んだ。あたしが殺したらしい。  主君殺しの大罪を犯しても、ふわりふわりの自己防衛があればあたしは世界をわたり歩くことができた。  中学1年生だったあたしは13歳で、ぎりぎり14歳未満だったこともあり、逮捕はされなかった。そのかわり、児童相談所というところに一時保護され、毎日毎日、いろいろなことを根掘り葉掘り聞かれたことだけは覚えている。 「あの日、お兄さんはなんで静ちゃんの部屋に来たの?」 「エッチなこと、するためー」 「……そういうこと、いつからされてたの?」 「覚えてないけど、小学生のときからかなあ」  やさしそうな女の人が、あたしに興味を持っていろいろ質問してくれるのがたのしくて、あたしは今までにあったことを、恥ずかしげもなくぺらぺらと話していた。 「前に万引きしたって、ほんとうかな?」 「ほんとだよー。ご飯が食べられなくてねー、お腹がぺこぺこで、美味しそうなおにぎり、とっちゃったら、お店のひとにたくさん怒られて、お兄ちゃんにたくさんお仕置きされたのー」 「……そのときのこと、くわしくお話しできそう? お母さんは、どんな様子だった?」 「お母さんは、お兄ちゃんにしかご飯つくらないの。ひどいでしょ? だからずっと、万引きして、ご飯食べてたの。でもねでもね、お兄ちゃんがね、お金を作る方法、教えてくれたの。おじさんに下着を売るとね、お金がもらえるの。だから最近は、そのお金で美味しいもの食べたの。この間なんて、おじさんとエッチなことしたらたくさんお金もらえてね、はじめてお菓子を買ってみたの。すごく美味しくてびっくりしちゃった!」  ぺらぺらと話すたび、お姉さんの表情が曇った。面白くなかったのかなあ、あたしのお話。  余るほどに出てくるエピソードに、右腰についた根性焼きの虐待痕がさらに事の凄惨さに拍車をかけて、ついに母と兄からの虐待が認められた。  母からのネグレクトと、兄からの虐待を受けて、精神的に追い詰められた有川静は、耐えきれず兄を殺した、という方程式。  その方程式は、あたしを救ったらしい。あたしは精神がオカシイ人というレッテルを貼られるとともに、「有川静が兄を殺したのは仕方のないことだった」という慰みも同時に与えられて、なんだか変な気分になった。  ちがうのになあ。あたし、お兄ちゃんのこと、愛してただけなのに。  愛してたから、殴ったの。それ以上でも、以下でもないの。愛を示すための方法を、あれ以外に知らなかっただけなのになあ。
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