少女(有川静)

36/95
前へ
/225ページ
次へ
 児童相談所での保護から数週間たったあたりで、おうちに帰る許可が下りた。  お父さんがお金をかけて優秀な弁護士さんに相談してくれたみたいで、少年審判だとか、少年鑑別所への送致は免れたらしい。お父さんとお母さんがあたしにお金をかけてくれたのは、これが最初で最後だった。  よくわからないけれど、被害者が身内だったことも功を奏したのか、保護観察処分になるよう手筈を整えることができたんだって。  だけどこれはあたしのためなんかじゃなくて、世間体をすこしでも悪くしないようにするためなんだと思う。できる限り、ことを荒立てずに済ませたいのだ。そんなの、今更なのにね。  だけど、自分の身の振り方なんて正直どうでもよかった。お兄ちゃんはもういないんだし。  久しぶりに帰った自分の家は、また違う様相の暗闇を纏っていた。  あたしの顔を見ると、お母さんが泣き叫んだ。  この人殺し、あたしの絃をかえして、って。  お母さんが手塩にかけて育てた、みんなの人気者で、完璧な人間だった有川絃は、誰からも愛されない欠陥だらけのあたしに殴られていなくなった。  お母さんが泣いていたから、なんとなく、ごめんなさい、と言ってみる。お母さんはあたしに手をあげて、ぜんぜん薄まらない憎しみの矛先を向けてきた。  お父さんが歯を食いしばりながら、あたしとお母さんの間に割って入る。見ると、お父さんも泣いていた。  家の中は故人の生きた証にあふれていた。  お兄ちゃんが学校でもらったトロフィーに、ジャージ、読みかけの文庫本、筆記用具、カバン、制服。今すぐに、兄がここに帰ってきそうなくらいに馴染んでいる。  でも、お兄ちゃんは二度と帰らない。あたしはうっかり、自分を愛してくれる人を失ってしまった。  お父さんは、一連の事件を受けて、会社役員を辞すことになったらしい。  お家のローンは払い終わっていたし、貯金や、お兄ちゃんの大学進学に向けて貯めていた費用もたくさん残っていたので、しばらく生活には困らないようだったが、安定した収入を断たれた有川家は、まさに斜陽であった。
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加