少女(有川静)

37/95
前へ
/225ページ
次へ
 そして、あたしが受けた保護観察処分、というのは、たまに保護司が様子を見に来るだけのものだった。  元気にしてますか、とか、なにか生活で困ったことはありませんか、とか。そういった、聞かれても答えても意味のないことばかりを繰り返されるものだから、あたしはいつも曖昧に笑ってごまかしていた。  あたしは別に、反社会的な衝動があるわけじゃない。ご飯がないから万引きをしたし、お金が欲しかったから下着を売ったし、おじさんに抱かれた。あくまでも手段として悪いことをしただけだった。  この頃、お父さんとお母さんは毎月あたしに決まった額を渡してくるようになった。ご飯を与えない、というのが虐待に認定されたから、最低限、何かを買って食べられるだけのお金を渡して、あとは放っておこうという魂胆だ。  だからあたしは、悪いことをする気はならなかった。お金や食べ物を得るための手段として悪事に手を染めたのだ。お金があれば、そんなことをする必要はなくなった。  あたしの様子が落ち着いていたので、そのうち保護司はお家に来なくなった。何事もなく日々だけが過ぎていった。  お兄ちゃんがいない日々は、平和でもあり、退屈でもあった。  お兄ちゃんをなぐった感触は数ヶ月も経てば記憶から薄れ、お兄ちゃんを愛していたという感情だけが、ぽっかり空いた穴を撫でていた。  お父さんは新たに職を探しはじめた。だが、有川家の悪い噂はしずかに、かつものすごいスピードで出回り、ついに父親は職にありつくことができなくなった。  そのうち、お父さんも徐々に塞ぎ込むようになった。  一方で、母はずっと、家の中でヒステリーを起こしていた。彼女のヒステリーを抑え込める人は、有川絃以外にいなかったのだ。 「人殺し!! あんたなんか、はやく消えればいいのに!!!! あんたが死ねばよかったんだ!!!!」 「……」 「なんなの!? なんであんたが生きてるの!? あんなに優秀だった絃が、どうして死ななきゃいけなかったの!?!?」  お兄ちゃんがいなくなってから、だれもあたしの存在を認めてくれなくなった。  母はあたしに、死ね、という。父はさいきん、あたしの顔を見ると、ふい、と視線を逸らす。最愛の息子を奪った憎き娘のせいで、自分の職まで失ったのだ。仕方あるまい。  でも、平気だった。  ふわり、ふわり。  ふわり、ふわり。  ほら、ぜんぜん平気。  地に足をつけなければ、傷付かないことを知っていた。あくまで世界は外側のもの。世界から一歩後ずさって、俯瞰で見ればいいだけの話だ。1+1よりも簡単なことである。
/225ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加