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そんな日々を過ごす中で、また一つ大切なものが壊れたのは、兄が死んでからしばらく経った頃だった。
「ああ、あああああああああああ!!!!」
早朝、階下から母親の悲鳴が聞こえてきた。耳をつんざくような高音にびっくりしてベッドから起き上がる。朝の6時くらいだったろうか。
またいつものパニックか、と思って目をもう一度瞑った。お母さんが騒ぐのは日常茶飯事だ。
だけど母親はあたしの名前を呼んだ。
「静!! セイ!!!!」
お母さんはあたしを呼んでいた。名前を呼ばれることなんて滅多にないから驚く。
呼ばれたのなら仕方ない。自室の扉を開けて、眠い目を擦りながら階段を降りた。
お母さんはずっと、ああ、あああ、とうわごとのように何かを言っている。声のする方向に向かって、ひたひたと廊下を突き進んだ。
お母さんは1階の廊下で座り込んでいた。その視線は、半開きになった扉の先にある。中は、父親の書斎に繋がっている。
あたしはお母さんの背後に回って、中を覗き見た。
——そしてその瞬間、全てを理解した。
「……おかーさん。警察、呼ぼっか。携帯、貸して」
ガチガチと歯を鳴らすお母さん。大袈裟だなあ。それくらいのことで。
お母さんは携帯を取り出す余裕もなかったらしい。肩を抱いては、わなわなと震えている。
仕方ないからリビングに戻って、棚の上に置かれた固定電話を手にとった。あたしは迷うことなく、3桁の数字を打ち込んだ。
電話はすぐに繋がった。こんな早朝なのに、警察はご苦労なものだ。眠っていたいだろうに。
お母さんが、廊下の向こうで泣きじゃくっているのが聞こえた。なのにあたしはぜんぜん悲しくなかった。
冷静に言葉を選ぶ。
「お父さんが、首を吊ってるんです」
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