少女(有川静)

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「それでね、お父さんが自殺したのー。通報したら、前と同じ警察の人が来てくれたの。びっくりだよねえ。 お仕事が見つからなくて、後ろ指を差されながら生きるのが嫌になっちゃったのかもねえ。お父さん、疲れちゃったみたい。 お父さんが死んじゃってからは、お母さんと二人で生活したんだけど、お母さんったら、もうなにもできなくなっちゃったみたいで、ずっとお部屋にいたの。 でもね、何か食べないと、お腹がすいてかなしくなっちゃうの、あたし、知ってたから、毎日お母さんにご飯つくってあげたの。昼は学校があるから無理だけど、朝と夜、簡単なものをつくってね、お母さんの部屋の前に置いてたの。そしたらね、おかあさん、いらないっていうの。人殺しがつくったご飯はいらないんだって。 たまにお母さんはお部屋から出てきて、あたしを見つけると殴るの。でもね、ぜんぜんいたくないんだー。お兄ちゃんのに比べたら、ぜんぜんいたくないの。だけどヒステリーになったお母さんはほんとうに怪獣みたいで、謝っても謝ってもゆるしてもらえないから、大変だったー。こんなのにずっと耐えてたお兄ちゃん、すごいなって思った。 やっぱりね、愛してたのはお兄ちゃんだったんだ。そりゃあ、ひどいこともいっぱいされたよ? だけど、お兄ちゃんだけが、あたしを生かしてくれたの。あたしの存在を認めて、関心を持ってくれたの。厳しかったけど、無関心じゃなかった。やっぱり、それがうれしかったな。がんばったら、ぎゅってしてくれるから! ほんとうはね、お母さんもあたしも、精神科に通わないといけなかったんだって。だけどね、お母さんは行こうとしなかったの。あたしのことも、通わせてくれなかったの。でもまあ、いっかあ、って感じだった。あたし、べつにふつうに生きてたから。 お母さんは壊れちゃって部屋から出てこなくなったけど、あたしは結局、毎日やることなくて暇だったから、お兄ちゃんの真似してお勉強したらね、公立だけど、雪くんと柏木くんと同じ高校に入れたんだあ。すごくない? もしかしてあたし、お兄ちゃんに似てほんとうは頭良かったのかもー、なんてね。もちろん、雪くんほどじゃないけどねえ。 とにかくね、お母さん、あたしを高校に通わせてくれる気はあったみたいだったの。だから、高校にも進学できたんだあ。 それでね、高校に入ってからはまず、柏木くんと仲良くなったの。ねえねえ、柏木くん、覚えてる? あの日の放課後のこと、あたし、まだ覚えてるよ」
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