少女(有川静)

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 中間テストの勉強なんて全然していなかったしするつもりもなかった。  けれど柏木くんに、勉強するんだよ、なんて言われてしまったものだから、あたしはなんとなく、学校からすこしだけ離れた図書館へと足を伸ばしていた。  あたしが通っている高校は、いわゆる進学校、と呼ばれる学校だから、学校内でも図書室や自習室が充実している。  だからみんな、わざわざこんな場所にある図書館で勉強しよう、とはならない。  だからこそ、だった。  だれとも会いたくなかったあたしは、だれもいなさそうな図書館に訪れた。だれもいないところの方が、ゆっくりと息を吸えるからだ。  ……とまあ、ここまではよかったが、図書館に来たからといって、ぜんぜん勉強する気にはなれなかった。  ふらり、適当に本棚を物色したが、結局それすらも面倒になり、やっぱり帰ろう、と思って図書館を出たときだった。  ——お兄ちゃんの匂いがした。  かすかに、だけど確実に、嗅いだことのある、お兄ちゃんの匂いがしたのだ。それは空気に溶けて、一瞬で消えてなくなったけれど、でも、あたしは確かに感じとったのだ。  どこ。どこにいる? お兄ちゃんがいる。そこに、いるはず。  ぐるり辺りを見回しても、その姿はない。あたしは踵を返して、図書館の裏に回り込む。  そっちの方向に、陰になっていてわかりづらい、簡易的な喫煙所があるのを知っていたからだ。  あたしは覚えていた。その匂いを。紺色のパッケージの、ピースのライト。生前、高校生だったお兄ちゃんが吸っていた、重たい匂いのする銘柄の煙草だ。  未だに消えてくれない右腰の火傷の痕がじりじりと熱を持つようだった。これは、トラウマなんかじゃない。興奮の熱だ。あたしはそう信じている。  足音を立てないようにしながら、遠くからそっと覗き込んだ。いつになく心臓がどきどきと鳴っていた。 「……!」  人影がある。あたしは目をよく凝らして、その姿をとらえた。  ゆらり、煙が宙に舞う。  同じ高校の制服を着た男子が、兄とまったく同じ煙草を吸っていた。
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