少女(有川静)

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 何となく、彼の姿形には見覚えがあった。だから同じ学年のひとだ、とすぐにわかった。  だけどあまり他人に興味のないあたしは、その人の名前や、彼がどんな人なのかといった情報なんてひとつもわからなかった。  そりゃあ、たまに廊下ですれ違う人だから、見たことはあったんだけどね。見たことある、と知ってる、は別問題だよね。  結局彼が誰かもよくわからず、悶々としているうちに中間テストの期間も終わった。  彼が誰なのかは結局わからないままだった。  そんなとき、無事にテストを乗り切れたらしい柏木くんがいつも通りあたしを “遊び” に誘った。  もちろん、断る理由はない。あたしは頷いて、彼の家に行った。 「ねえ、柏木くん。髪の毛が真っ黒で、わりと色白で、白いスニーカー履いてる男の子、誰かわかる?」  彼の部屋にあるテレビの前で、柏木くんに後ろから抱きつかれながら、地べたに座ってゲームのコントローラーを握っていたとき、ふと思い立ってあの人のことを聞いてみた。  テレビの画面に写っているのは、赤い帽子を被った配管工のキャラクターをゴールへと導く、横スクロールアクション。最近あたしは、彼の家でプレイできるこのゲームにハマっていた。  敵キャラを倒し損ねて、残機がひとつ減る。 「それって、おれが知ってるひと?」 「うん。たぶん、同じ学年の人だと思うのー」 「髪の毛が黒くて、色白? もうすこし、特徴言ってくれれば」  煙草を吸っていた、なんて、言えるわけがないしなあ。  考えているとまた、画面の中に敵キャラが現れた。これってどうやって行くの? と尋ねると、スピンジャンプ、と後ろから柏木くんが教えてくれる。  スピンジャンプってどのボタン? と尋ねると、ここ、と言って、柏木くんは後ろからあたしの手を包み込むようにしてコントローラーを操作して見せてくれた。へえ、そうやってやるんだ。 「……その人の特徴かあ。身体の線が細くて、なんか、すごく目が真っ黒だった」 「んー、誰だろ。雪かなあ」  ユキ、と聞いて、一瞬頭が真っ白になった。スピンジャンプは失敗して、配管工は地の底に落ちた。
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