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◇
「へえ、そんなことがあったんだねえ」
隣を歩く静が、大して興味もなさそうなのに、律儀に相槌を打ってくれた。
彼女はまだ見せかけの恋人のままで、俺は関係性を前に進められないままだった。
俺はなんとなく、母親と衝突した一連の出来事を静に話していた。もちろん、多少はぼかしながら。
別に他意はない。教育熱心な母親と、無関心な父親が織りなす地獄を、ただ現象として共有してみたかっただけ。
静に慰められたいわけでもないし、助けを求めてるわけでもない。それをきちんと前置きしたうえで一通りの出来事を話すと、彼女はうんうん、と頷いた。
「……ごめん、重い話して」
「いいんだよ? 雪くんの誰にも言えない秘密、ぜんぶ教えてよ」
「それでまた、俺の弱みを握るつもり?」
「んーべつに。付き合ってるふりしてくれるなら、それで十分」
付き合うふりね。これ、いつまで続くんだろう。
できることなら、終わりなんて来ないでほしい。俺の弱みを握る唯一の彼女が、ずっと隣に居てくれたら、なんて思う。
「俺ばっかり、ずるい。静のことも教えてよ」
「なにが聞きたいの?」
なんだろうな、と考えてみる。
本当は全部知りたいんだ。彼女の生い立ちとか、好きなものとか、嫌いなものとか。
彼女とは毎日世間話をしているはずなのに、俺は彼女自身のことをあまりよく知らない。当たり障りない返答がもどかしく感じるようになったこの頃、一歩踏み込む勇気がほしかった。
本当は、その肌の温度とか、柔らかさも、ぜんぶ知りたいんだけどな。こんなの、気持ち悪くて絶対に言えないけれど。
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