抑圧の少年(塩田雪)

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 小さい持ち歩き用の消臭スプレーを全身に丁寧にふりかけて、覚悟をきめてから塩田(しおた)家の門をくぐる。  医者の父と看護師の母が建てたこの家はみなさまの想像通りご立派なものである。両親共々、気になるのは世間体ばかりらしい。 「(ゆき)くん、中間テストの結果は?」  おかえり、も何も言わずに、母は死んだ魚のような目で俺に問いかけた。  なんとなくの直感だが、今日は母の機嫌が悪そうだ。面倒事は避けたいので、結果は来週になると嘘をついた。 「じゃあ、勉強するから」 「ねえ雪くん。最近、帰り遅いけど、どうしたの?」 「先生に質問してたから」 「毎日毎日、そんなにわからないところがあるの? 雪くん、ちゃんと授業の予習と復習はしてるんでしょうね?」  帰りが遅いのは、煙草を吸っているせいだ。だがそれを母に伝えるわけにはいかないから適当に誤魔化した。  しかし機嫌の悪い母は、些細なことばに突っかかってくる。 「してるよ」 「雪くん、嘘ついてない? 本当は遊んでるってわけじゃないわよね? 雪くん、お母さんはね、心配してるの。雪くんには、お父さんみたいになってもらわないと困るのよ。中間テストの点数、楽しみにしてるから」  成立しない会話に、またか、と心を閉じる。反論する気は起きない。しても無駄だからだ。しずかに、母の怒りが落ち着くのを待つだけ。  鞄の中に入っている試験結果を見たら、母はきっとヒステリーを起こすだろう。いつか来る未来だけど、それは今日じゃなくて良い。嫌なことは後回しに。誰にだって身に覚えのある処世術だろう。
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