夏の遺影

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悪い夢だった。 いや、今見たものは、夢だったのだろうか。 私はいつの間にか、お母さんの肖像を描き切っていた。 酷い出来、目や口のバランスが崩れておかしなことになっている。でも最後に見たお母さんの顔は、これに似ていたかもしれない。 さっきの出来事は、私の憶測とおそれがかたちをなした幻かもしれない。それか、おじいちゃんの絵が見せてくれた、真実……。 どうして姉弟なのに、私と海は似ていないのか。 どうしておじいちゃんは、海の絵を塗りつぶしたのか。 どうしておばあちゃんは海にだけ冷たいのか。 私が「あと一回」とねだった。 そのために、おじいちゃんは海の絵を描いた。 おじいちゃんは海が陽介(おとうさん)の子でないことを知ってしまい、お母さんを責めた。お母さんは恐ろしさで家を出て、事故に遭い、おじいちゃんは心を病んだ。 そして静かに自死する道を選んだ。 それがすべての答えならーー。 お母さんを殺したのはあの日の私。 おじいちゃんを殺してしまったのも。 おじいちゃんが描いた、お母さんの肖像画を眺めていたら、その色が滲んだ。 お母さん、お腹に手を添えて微笑んでいる。 お母さん、その子はいったい、誰の子なの? 「お姉ちゃん、具合が悪いんだって? 大丈夫」 海が帰ってきたようだ。もうそんな時間になっていた。 ひとりで二階へ上がるのはこわかっただろうに、私を心配してやってきたのだ。 私は振り返り、海を見上げる。 可愛い海、小さな私の弟、私が守るべき存在。 でも今は知らない誰かに見える。 その子は私を見下ろして、心配そうに眉を寄せた。 「お姉ちゃん、どうして泣いてるの。まだ体調が悪いの。大丈夫だよ、僕が一緒にいてあげるからね」 裏も表もない純粋な笑顔に触れて、私はおじいちゃんの言葉が少しだけ理解できた。 魂のかたち。 海の内からゆらゆらとたちのぼるそれが、私を包み込んでいる。 海の小さな魂は、夏の陽だまりのように強く、明るく輝いて見えた。
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