夏の遺影

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二階へ続く階段下まで来ると、私はようやく息をつくことができた。 振り向けば、唇を一文字に結んだ弟の顔がある。 二階の部屋が怖いのだ。 二階は一階以上に陰鬱としているから。 基本的に居住スペースは一階で、二階は洗濯物を干すときくらいしか用がない。 そこはかつて、亡くなったおじいちゃんのアトリエだった。 あるのは洋服箪笥(だんす)、ベッドがひとつ。大小の額縁、壊れたイーゼル、古びたスケッチブック、もう固まって使い物にならない絵の具。その他、長机には画材が積み上げられている。 まあ確かに、お化けが出そうな雰囲気かもね。 階段の上を見ようとしない海に「お姉ちゃんがいるから大丈夫」と声をかけた。 手すりさえない急な階段を、ギシギシときしませ上っていく。 突き当たりに窓がある。 バルコニーに出るためには、この窓を使う。 一階の屋根上に板を敷いただけの物干し場で、バルコニーなんておしゃれなものじゃないけど。 古い雑誌を足場に外へ出ると、セミの声のシャワーが降ってきた。焼けた空から射す光が痛いほどだったけど、家の中よりずっとマシだった。 洗濯カゴを足元に置き、風にはためくシーツに手を伸ばしたとき、後ろでみしっと音がした。 「お姉ちゃん」 海がへっぴり腰でやってきた。
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