夏の遺影

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ふたりで室内へ戻ると、埃が斜光に照らされて舞っているのが見えた。 浮かない顔の海を少しでも元気付けたい。 そう思った私は、アトリエの片隅にひっそりと立てかけられた、キャンバスに向かう。キャンバスには薄紫の布がかけられている。 私はその布をそっと引いた。 現れたのはひとりの女性の肖像画。 黒々とした瞳がこちらを流し見ている。 ゆったりと笑みを()く唇や、首筋に落ちる髪が艶やかな油絵。 「お姉ちゃん、これ」 「私たちのお母さん。海はこの絵を見るのは初めてよね。おじいちゃんが描いたんだ。お母さんが海を身籠(みごも)る前から描きはじめて、出産後にやっと仕上げたの。だからほらここ、ちょっとお腹が膨らんでるでしょ」 海は目を細めたが、すぐに首を傾げた。 あるかないか膨らみだから、ブラウスのたわみなのか、妊娠のせいなのか判別がつかなかったようだ。 「すごく綺麗な人だね。もしかしたら、写真で見たお母さんよりも」 「ふふ。そうね、おじいちゃんの筆は、綺麗なものしか残さないから」 それがおじいちゃんのこだわりだった。 人であろうと獣であろうと、物であろうと。 深淵に隠された本来の姿があると信じて、自ら美を感じたものを選び抜いて描いていた。 「僕は、お母さんよりお姉ちゃんのほうがいい。だってお母さんて言われたってよく分かんないし」 「それ外で言うとシスコンだと思われるから、やめな」 喉元で笑いたいのをこらえた。 この薄暗い古家では、私が海の支えであり、海が私の支えであったのだ。
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