夏の遺影

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その夜、私は夢を見た。 私は小学生の奈帆だった。 おじいちゃんのアトリエで仔ウサギみたいに跳ねまわっていた。 「おじいちゃん、奈帆のこと、もう描けた?」 「もうすぐだよ。椅子に座ってじっとしててくれなきゃ、描き終わらないよ」 「そうなの? でももうほとんどできてるみたい」 覗き込んだスケッチブックには、私の横顔があった。緻密に重ねられた線を見てうっとりする。 「おじいちゃんの描いた奈帆、とっても素敵ね」 「はは、そうだろう。わたしには魂のかたちが見えるからね」 「魂のかたち?」 「そう。ものの本質だよ。見た目では知り得ない、真実の姿と言うべきかな。目で見るんじゃなく、肌で感じるというほうが正しい。例えばそう、外側を削ぎ落として削ぎ落として、最後に残るひとしずくみたいな」 私は何のことかも分からずに、ただ「すごい」と感嘆した。 「わたしは外側の美醜ではなく、そのものが持つ最後のひとしずくを描き残したいと思っている。美しいものには価値がある。その点、奈帆はとてもいいモデルだね」 褒められて私は調子に乗った。 じゃあ、と身を乗り出した。 「奈帆の次はカイちゃんを描いてあげて! カイちゃんもきっといいモデルになるから」 歳が離れているせいか、お母さんをとられたなんて感覚もない。私は生まれたばかりの弟が愛おしくて仕方なかった。 「うーん。そうだな、そうしてやりたいが、わたしもいい歳だからな。近頃は目が疲れて、一度にそんなにたくさん描けなくなってしまったよ」 おじいちゃんが困った顔をするのも構わずに、私は骨張った腕にしがみついた。 「お願い、どうしても見てみたいの! あと一回だけでいいから。カイちゃんが描けたら、もうわがまま言わないから」 「そうか。じゃあ、また今度な」 おじいちゃんは、シワを深くして笑った。
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