夏の遺影

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寝覚めは最悪だった。 めまいはするし、ぼーっとするし。 気力で身支度を整えて、海を小学校へ送り出す。 私は通学カバンを肩にかけ、燃えるゴミの袋を掴んで外へ出た。 「奈帆ちゃん、毎朝えらいわね」 ゴミ置き場で、向かいのおばさんに会った。 おばさんは、私が物心つく前からこの近隣に住むご近所さん。 おしゃべり好きで、彼女に話したことは翌日には広まっている。 「おはようございます」 私は軽く会釈をした。 「おはようね。奈帆ちゃんいつもご苦労様ね。家では奈帆ちゃんがみたいなものだものねえ。おうちはどう、居心地はいい? ご家族みなさん、仲良く暮らせてるの?」 余計なお世話と思いながら、私は「問題ありません」と言い切った。 学校へ急ぐのだと、通学カバンを肩にかけなおしてアピールする。おばさんは「引き止めてごめんなさいね」と愛想笑いした。 「もし何かあったら、いつでも相談してちょうだいね。私、児童相談員の知り合いがいるから。きっと奈帆ちゃんの力になれると思うわ」 いつもは気にしないのだが、今日は夢のせいかその言い様にカチンときた。無視すればいいのに、私は思わず振り返ってしまった。 「何かって何ですか。うちは問題ないって言ってるでしょう」 私が語気を荒げたことに、おばさんは驚くそぶりを見せた。それから、わざとらしく気の毒そうな顔をつくる。 「今は、そうでしょうけど」 おばさんは、勿体つけた言い方をした。 ああしまった。私は聞きたいなんて思ってない。なのに、彼女がを披露する舞台を仕立ててしまった。 「実はね……私、奈帆ちゃんのお母様の事故現場に居合わせてるのよ。救急車を呼んだのは私。ちょうど、家の前の掃き掃除をしていてね。そうしたら、突然そちらさんからものすごい音がするじゃない? 何だと思って見ていたら、あなたのお母様が玄関から飛び出してきたのよ。とても怯えた顔をしてたわ。そこに、たまたま車が通ってねーー」 垂れ流される言葉に、耳を塞ぐ暇もなかった。 せめて心を塞げたら、気にせずにいられたのに。
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