8人が本棚に入れています
本棚に追加
7
レコーダーには、残業代不払いと、セクハラの証拠が残されていた。
桐谷先輩は、それを伝えたくて自分の前に現れたのだ、と、田中は思った。
職場は新たな上司の下、職場環境改善が図られ、現在進行中だ。現時点、残業代は付くようになった。
田中は、仕事に没頭するあまり、桐谷先輩の存在を忘れていた。
今更ながらに自分の後ろを振り返っても、桐谷先輩はいなかった。
(先輩……)
机に残された自分のレコーダーを手に取った。
音量を小さくして、耳元に当て、再生する。
シーシーという音の後に。
……田中、ありがとな……
ようやく聞き取れるような、小さな小さな声だった。
『俺、家族がみんな死んでるから、田中は弟みたいなもんだよ』
生前、桐谷先輩はそう言っていた。
田中は、自分が、何処か桐谷先輩に甘えていた事を今更ながらに後悔した。
(先輩、感謝を届けたいのは俺の方なのに……)
田中は、静かに録音の再生を止めた。
右手が、何故かひんやりとしていた。
最初のコメントを投稿しよう!