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 昼時間になっても、田中は、上司から文句を言われないように片手でゼリー飲料を吸いながらパソコンに向かっていた。  とはいえ、桐谷先輩から話を聞かねばならない。  田中は、パソコンに文字を打ち込んだ。  ”先輩、御遺体は親戚の方に引き取られたと聞きました。何でまだ職場にいるんですか?”  桐谷先輩は、両親も兄弟もいないと言っていた。だから遠方にいる親戚の人が引き取ってそこで葬儀もするから葬式には出ない、と上司が言っていた。桐谷先輩の私物は同僚と二人で片づけてその親戚に郵送していた。  田中の右側に立っている桐谷先輩は、右側から画面をのぞき込むと、口をぱくぱくさせた。だが、田中には幽霊になった桐谷先輩の声が聞き取れない。  ”先輩、なんか霊的な力で入力したり筆談とか出来ないですか?”  桐谷先輩は、質問文を見ると、透けている大きな手を田中の右手に重ねた。その瞬間、田中の右手がぞっとするほどの冷気に冷やされた。 (おおすげえ。これが幽霊ってやつか)  田中は、いまだかつてない経験に、奇妙な感動と興奮を覚える。寝不足と過労でハイになっているのかも知れない。  だが。  いくら待っても、パソコンに入力がされない。脇に置いているメモ紙も見たが、白いままだ。 (もしかして、先輩、なんにも出来ないとか?)  田中は、つい、わざわざ打ち込む。  ”幽霊って、もの動かしたり、色々できると思ってたんですが、そういう訳でもないんですね”  何となく、田中の体の右側が、冷えた気がした。 (なんか、余計な事を言ってしまったかも……)  と、田中は思った。 (なんで霊感のない俺が、先輩を見れるんだろう)
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