1/1
前へ
/7ページ
次へ

「お前、こんな程度の仕事も満足に出来ないのかよ」  数日後、提出した書類を見て、反るほどに椅子の背にもたれかかっていた上司が言った。  田中は、もはや怒る気力もない。 (すみませんね……疲れ果てた脳みそじゃ、こんな程度しか出来なくって)  上司は、ねちねちと苦言を畳みかける。    そこへ。 「随分熱心に指導しているな」  貫禄のある年配の男性が職場に入って来た。その姿を見て、同僚の何人かが慌てて立ち上がった。 「社長!」  上司が、立ち上がり、不自然な愛想笑いで顔を歪める。 「きょ、今日は、どのような……」 「君に通知書を渡しに来た」 「通知書?」 「解雇通知書だよ」  社長はそう言って、一枚の紙切れを上司に渡した。  ざわり! と職場がざわめいた。  上司は呆然と解雇通知書を受け取る。 「な、なんで、こんな」 「君の不正の証拠が送られてきてね」 「ふ、不正?」 「明らかな労働基準法違反、他にも、ここで言うにははばかられる悪事、出るとこに出てもいいんだぞ」  田中の耳に、小さく息を呑む女性の息遣いが聞こえた気がした。そのとき不意に、桐谷先輩の片付けた私物の中にICレコーダーが入っていた事を思い出した。 (もしかして、親戚の人が会社に送って来てくれたのか?)  上司は、魂を吸い取られたかのように呆然と椅子に腰を落とした。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加