アダルト・ナイト。

1/1
前へ
/4ページ
次へ

アダルト・ナイト。

『リコさん。今度、コスプレのイベントへ一緒に行きませんか?』  出会ってから三週間後、彼女から突然お誘いのDMが飛んで来た。ご丁寧にイベントのリンクも貼ってある。早速確認したところ、コスプレ内容は自由だった。別にいいよ、と返信を送る。やったぁ、とすぐに返事が来た。 『DMじゃ不便だから、改めて連絡先を交換しませんか?』  その提案に、当日交換しよう、と応じた。ハートマークが飛んで来て、大胆な子だな、と苦笑いを浮かべた。大学に行っている時とちょっとキャラが違うんじゃない? なんてからかいたくなったけれど、彼女の日常を追い掛けているとバレてしまうのは恥ずかしくて口を噤んだ。  そのイベントに、撮影が趣味の友人も誘ったけれど、予定が入っている、と断られた。当日はミアと私がお互いのスマホで撮るだけか、と少し残念に思った。友人は大砲みたいな一眼レフカメラを持っているから、いい写真を撮ってくれるのだ。  迎えたイベントの日、会場の最寄り駅で待ち合わせをした。集合時間の十分前に着いてしまったので、柱の影に佇んで待った。背が高い分、なるべく目立たない位置に立つのが癖になっていた。十分ほど過ぎた時、遅れてごめん、と高い声が耳に届いた。息を切らせたミアが私を見上げていた。 「乗り換えに失敗しちゃって」 「別にいいよ。合流出来て良かった」  メッセージの一件も送ってくれればいいのに、とは思ったものの、待ち合わせをして遊びに行くのは初めてなのであまり口うるさくしないよう自粛した。会場までの道すがら、今日は何のキャラのコスプレをする、そのキャラが出ているアニメは今第七期だけど第二期五話という息抜き回の時に来ていた服を自分で作った、わかる人はわかるから話し掛けられるかも知れないと楽しみだ、とミアは語った。私はそのアニメも見ていなかったので、気持ちの籠っていない相槌を打つことしか出来なかった。それでもミアは満足そうだった。多分、自分が喋れたら満足なのだろうなと思った。  私は前回と同じ、スーツ姿に銀髪のウィッグ、左耳に三連のピアスを着けた。さっさと着替えてメイクコーナーで化粧を整えていると、こないだと一緒だ、とミアが後ろから両肩に手を置いた。アイシャドウを塗る手を止めると、邪魔してごめん、と慌てて離れた。化粧は直せばいいから別に気にはならなかった。ただ、長身の私が両肩を掴まれることは滅多に無い。座っていれば確かに届きはするけれど、わざわざそんな風に接触してくる人もいない。だから、妙に新鮮でドキドキした。  準備を終えて、二人で会場の撮影スペースをぶらついた。ミアにせがまれて彼女の写真を何枚も撮った。自ら、此処で撮って! という度胸は大したものだと感心した。私はコスプレをする時、普段は友人に撮影を全て任せている。自分から、このシチュエーションで撮ってくれ、と頼むことはほとんど無い。自意識過剰みたいで恥ずかしい。だからミアは凄いなと心底思った。嫌味ではない。断じて。  コスプレをしたままチュロスを食べた。グロスが落ちないようカスを落とすのが大変だった。ミアは食べ終わった後、すぐにトイレへ行って化粧を直した。そこまで変化は無いから大丈夫なのに、とぼーっと外で待った。行き交う人達を見るとはなしに眺めた。思い思い、好きな格好をしていて自由だなぁと安心を覚えた。ただ、この世界はコスプレスペースだけに許されたもので、あと数時間もすれば幻の如く消え去ってしまう。夢みたい、と頭を過った。 陽が大分傾いた頃。噴水の手前でミアは足を止めた。また、此処で撮って、と頼まれるのかな、とスマホに手を伸ばしたところ。 「リコちゃん。ツーショット、撮ろう」  そう言って彼女は自らのスマホを取り出した。突然の誘いに戸惑っていると、早く、と手招きをされた。もたもた隣に立つと、自然に腰へ手を回された。ほぼ初対面なのに大胆な、と思っている内に写真を撮られた。 「リコちゃん、困った顔をしているよ。ツーショット、嫌?」  遠慮なく問い掛けられて、慣れていないから、と苦笑いを浮かべた。 「次はちゃんと格好をつけるよ」 「ホント? リコちゃん、イケメンだから嬉しいな! じゃあもう一回撮るね」  顎を引き、カメラを真っ直ぐ見据える。なかなかいい感じに写ったのではないか。 「わっ、確かに全然違う! ありがとうリコちゃん、イケメンと写れてとっても嬉しい!」  どういたしましてと笑顔で応じつつ、イケメンか、と引っ掛かった。私、女なんだけどな。イケメンと評されるのは悪い気はしない。ただ、女同士だからミアは私に遠慮なくくっついてくるのだろう。一方、イケメンとのツーショットを求めている。つまり本当はイケメンの男性と撮りたいのだけれどジェネリック的存在の私で妥協をしている。そんな風に捉えられる。  自分でも鬱屈した受け取り方をしていると思う。だけどこの身長、体型に生まれて男装をしていると、それはそれで色々考えてしまうのだ。 「写真、送るね。あ、そうだ。丁度いいから改めて連絡先を教えてよ」  ミアに言われて、約束していたのを思い出した。メッセージアプリを立ち上げ、QRコードを表示する。私が読み取りね、とミアはスマホのカメラを向けた。すぐに写真が送られてきた。登録名はミアではなかったので、よろしくミア、とメッセージを送った。見失ったらこの一言を検索すればいい。よろしく、とリアルの彼女が笑顔を見せた。その表情に、少しだけ肩の力が抜けた。  イベント終了後、夕飯に誘われた。中華料理屋で食事と軽くお酒を飲みながら、ミアと今日の写真を共有した。私はほとんど撮られていなかった。まあ今日はミアとの親交を深めに来たと思おう。その一方、ミアはこのシチュがどうとか、この角度は好きじゃないとか、一枚一枚にきちんと飾らない感想を述べた。 「撮影には慣れていないので気に入らなかったらごめん」  そう謝ると、責めるつもりじゃなかったの、と慌てて手を振った。弁明しても今更遅いわと率直に返すと、その通りです、失礼しました、と彼女は頭を下げた。素直に謝る姿勢に好感を持った。  一時間半くらい経った時。異変に気付いた。ミアが大分酔っ払っていた。彼女はカシスオレンジとカシスグレープフルーツを一杯ずつ飲んでいた。 「お酒、強くないの」  そう問い掛けると、一日はしゃいだ疲れもあると思う、と背もたれに体を預け切った状態で弱弱しくそう答えた。放置するわけにもいかず、彼女に肩を貸して家まで送り届けることにした。何とか電車を乗り継ぎ、最寄り駅まで連れて来た。移動の車内で眠ったおかげか、ミアは一人で歩けるくらいまでには回復していた。じゃあまた、と帰ろうとしたけれど、どうせなら泊まって行って下さい、と腕を掴まれた。確かに私の家まで一時間以上かかるし、明日は日曜日で休みだからお言葉に甘えるか、と私にしては珍しく即決した。恐らく私も疲れていたのだ。  ミアの家まで行く道すがら、二十四時間営業をしているディスカウントストアで替えの下着とジャージ、歯ブラシに化粧落とし、それに二リットルの水を買った。手慣れていますねと言われたけれど、必要な物を買っただけだからそりゃ迷いもしないよと少しおかしくなった。  彼女はワンルームのアパートに住んでいた。大学に通うために独り暮らしをしている、と教えてくれた。お風呂を勧められたので先に入らせて貰った。化粧と汗をきっちり落とした。シャンプーとコンディショナーは私が使っている物より五百円くらい高い商品で、ちょっとだけショックを受けた。  お風呂から上がると、飲みたければお酒をどうぞ、と冷蔵庫の中を見せられた。酔い潰れた君を連れて来たのに、と複雑な思いを抱いていると、私は今日は飲みません、とミアは首を振った。モスコミュールの缶を手に取ると、お好きに飲んで下さい、と柔らかく微笑んだ。遠慮しないねと返すと、親指と人差し指で丸を作った。  そうして一人飲みながらスマホをいじっていると、彼女が浴びているシャワーの水音が耳に届いた。酔いが覚めるといいね、と心の中で呼び掛けた。モスコミュールはすぐに飲み終わってしまった。甘くて美味しかった。  四十分ほどでミアも出て来た。髪を乾かす彼女の隣で歯を磨く。ウィッグを外し、化粧も落としたミアはSNSで眺め続けた彼女だった。 「リコさんって身長いくつなんですか」  その問いに、百七十三、と即答する。私より十五センチも高い、と目を丸くした。頭に手を置いて撫でてみると、えへへ、と抱き着いてきた。距離感の近い子だ、とちょっと可愛く思えた。  午前零時を回った頃。寝ますか、と支度を終えた彼女がベッドへ入った。私は何処で寝たらいいのかと立ち尽くしていると、どうぞ、と手招きをされた。 「来客用の布団、しばらく干していなくてかび臭いんです。すみませんが今日は一緒に寝て下さい」  正直戸惑ったけれど、まあ女同士だし別にいいか、と割と迷いなく入り込んだ。ミアがリモコンで明かりを落とす。暗い布団の中で、すぐに彼女が抱き着いてきた。ジェネリックイケメンとして、頭をポンポン叩いてあげる。今日はありがとうございました、とくぐもった声が聞こえた。 「とても楽しかったですし、家まで連れ帰って貰ってすみませんでした」 「いいよ、別に。私も楽しかった」  彼女が身じろぎするのが伝わってきた。見詰められている気がする、と思ったその時。  そっと、唇を塞がれた。  嘘でしょ、と慌てて離れようとしたのだけれど。 「女の子同士なら、普通ですよ」  小さな声でそう告げられて、一瞬、そうだっけ、と頭を悩ませた。いや、そんなわけない。いいわけない。理性はそう判断した。……ただ。  キス、めっちゃ上手い。  試しに待ってみると、彼女はもう一度唇を重ねて来た。うん、やっぱり超上手い。私だって大して経験があるわけじゃないけれど、よくわかる。体の力が抜けていく。彼女に身を任せたくなる。 「リコさん」  甘い声。うん、と答えた私のジャージの中へ、彼女の手が滑り込んで……。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加