爆速帰宅。

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爆速帰宅。

 陽光の中、手を繋いで信号が変わるのを待つ。この手が昨夜、私を、と考えると頭に血が上った。ただ、凄かった。とにかく凄い体験だった。  リコさん、とミアが私を見上げる。 「また一緒にイベントへ参加しましょうね。お泊りもしていただけるなら、宅飲みとかもしましょうか」  早くも泊まりが視野に入るようになった。うん、と応じる声が固くなってしまう。えへへ、と笑うミアはとても可愛らしかった。  程無くして駅へ到着する。次の電車が来るまで、まだ十分あった。 「改めて、お邪魔しました。楽しかったよ、ありがとうミア」  そう伝えると、寂しいです、と抱き着いてきた。私もそっと抱き締め返す。また遊んで下さいね、とくぐもった声が聞こえた。勿論、と静かに応じる。そっと離れると彼女はキラキラした目でこっちを見ていた。 「イベント、探しておきます。またご連絡します」 「楽しみにしているよ」  そして短い沈黙が降りた。しかし、もう一回、と言いながら彼女がまた抱き着いてきた。寂しがり、と頭を撫でる。楽しかったから、とちょっと鼻声気味な返事が聞こえた。 「ミア、そろそろ電車が来るから行くね」  そう伝えると、ゆっくりと離れた。じゃあ、と背中を向けようとする。 「あと一回だけ!」  叫ぶと同時にミアが思い切り飛び込んで来た。まったくもう、と私も腕に力を込める。 「本当に電車が来ちゃうから! もう、行くよ」 「わかりました。じゃあまた!」  離れた彼女に手を振る。改札をくぐり、もう一度振り返ったところ。  ミアは既に背中を向けていた。どんどん遠ざかっていく。  ……今、もう一回って抱き着いてきたよね。滅茶苦茶名残惜しそうにしてくれたよね。もう、帰る? あんな勢いで立ち去って行く?  完全に改札を抜けてから、改めて振り返る。既にミアの姿は見えなくなっていた。階段を降りたのかな。私、まだ改札を入っただけなんだけどな。  急速に感情が冷めていくのを感じる。そんなものだよね。昨日今日が最初で最後の遊びになったな。そう思いながらホームへ向かった。  三週間後。ミアから再びイベントの誘いが来た。爆速で帰宅した彼女を思い出す。……いや、お腹が痛かったのかも。或いは用事があったのかも。うん、確かめるためにあと一回だけ会うとしよう。  そしてまた、私はミアの家に泊まってしまった。そうしてまた夜更かしをした翌朝、迎えた駅の改札口。 「あと一回だけ!」  またしても彼女はそう言って抱き着いてきた。ぐっと抱き締め返す。そうしてこないだと同じように背を向けた。改札へタッチをする間際、振り返る。  やっぱり背中を向けてずかずか歩いている! むしろこないだよりもスピードが速い! 何なの!? 私を見送るの、嫌なの!? 本当は顔も見たくないの!?  改札から離れて背中を見送る。ミアは一度も振り向かず、凄い勢いで階段へ差し掛かった。わかった。もういい。完全に冷めた。結局、口と体だけの関係なんだ。私と一緒にいても楽しくないんだ。彼女の笑顔は偽物に違いない。そうでなければあんな爆速で帰ったりはしない!  次は無い。そう確信した私は改めて改札を抜けた。乗る予定だった電車が滑り込んでくる音が聞こえる。慌てて走り出した私は、ミアよりも足が遅い気がした。  三週間後、またしてもミアからお誘いが来た。遠ざかる背中を思い出し、断ろう、と返事を送ろうとした。……したのだが。 『会場の近くに評判のいい大人向けのホテルがあるんです。一緒にお泊りしませんか。ゲームにバー、ダーツにビリヤード、マッサージチェアに大浴場にサウナですって。大人な時間を過ごしましょうよ。そしてまた夜更かしをしませんか。古くなった、もう処分していい衣装を持って行きますので。いくら汚しても構いません』 しばし考える。古い衣装。汚していい。ジャージに潜り込む彼女の手。  是非、行こう、と返事を打つ。脳裏に浮かぶ、爆速で去って行く彼女の背中。それを見送る私がこっちを振り返り呆れた目を向ける。自分自身に向かい、私は胸中で思い切り叫んだ。 「あと一回だけだし!!」
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