8話 送り火

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 夕方。  午後六時を過ぎたというのに、まだ日中の暑かった日差しの余韻が残っている。高い湿度が熱を帯びていて少し息苦しい。  それでも今年のお盆に雨が降らなかったことを感謝した。連日のようにゲリラ豪雨が全国で猛威を振るっていたからだ。  私は色々と手に持って、ばあさんと一緒に玄関先まで出てきていた。  夕方でもまだ十分に明るいが、日は確かに沈み始めていて、その太陽はすでに輝きを失っていた。空はオレンジがかった色に染まってきていて、黄昏はもうすぐそこだった。  私達は門の前に屈むと、焙烙(ほうろく)を地面に置いて隣に精霊牛を並べた。その焙烙にオガラを積んでいく。火が付きやすいように間隔を空けて、また勢いよく燃えないように積み過ぎないように気を付けて、小さなキャンプファイヤーのように組んでいく。  準備が出来ると、私はマッチで火を付ける。一度二度とヤスリ部分に擦りつけると、ジュッと音をたてて炎が産まれた。私が左手で壁を作って風が触れないようにすると、炎はすぐに落ち着きを取り戻した。そのまま私はオガラへ火を移そうと焙烙にマッチを持っていく。しばらくするとオガラに小さな火と細い煙が生まれた。  手首を振ってマッチの火を消してから、私とばあさんは並んでしゃがみ込んで手を合わせた。  ご先祖様は、もう精霊牛に乗っているのだろうか。  オガラから立ち昇る煙は、細く揺れながら空へと伸びている。  遠くで蝉の声が木霊する。  (ぬる)い風が顔を撫でていく。  私達は拝んでいた顔を上げ、屈んだ姿勢のまま煙の行方を目で追った。  ご先祖様に、私達の感謝は届いているのだろうか。そして、どうか私達がそちらに行くまでは見守っていてほしい、と切に願うのだった。  外はすっかり日が暮れている。  私達は腰を上げて焙烙や精霊牛を手に玄関を潜る。  家に入る瞬間、ふと見上げた空には白んだ雲と濃紺の空が広がっていた。  そこにはもう煙道は無くなっていた。 第8話  完
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