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帰宅しようとしていた内野は、なぜか慌ただしくなった捜査一課内を振り返る。岡田が駆け込んできた。内野を見つけると、蒼白の表情になりながら声をかけてくる。
「下の駐車場の車内で、倖田管理官の焼死体が見つかった。燃えているのは本人だけで、車には何も被害がない。シートに焦げ痕さえないそうだ」
「なんだとっ!?」
目を剥き叫ぶように言うと、内野は駆け下りていく。
駐車場には多くの警官達が行き交っていた。鑑識らしき者達も慌ただしくしている。
前の路上には野次馬が集まっていた。多くの人々が「何事か?」と興味深そうな視線を向け、無責任に何かを言い合っている。
そんな中に、見知った顔があった。久恵だ。
目が合うと彼女は辛そうな表情をして俯きながら、何事か呟く。
ごめん……。
そう言ったような気がした。そして、人混みの中に入り込み、去って行く。
「久恵、待ってくれ!」
後を追う内野。
しかし、野次馬をかき分けたところでその後ろ姿を見失ってしまった。
ん? あれはっ!?
妙な影が目の端をかすめる。例の和装の男だった。編み笠が揺れている。
一瞬躊躇ったが、追いかけることにした。
あと数メートルのところで、男が路地へと曲がっていく。
「ちょっと……」
意を決して声をかけながら、路地に入る。
だが、男の姿は消えていた。
他に脇道などない。一体どこへ行ったのか?
恨み、憎しみ、憤り……其れらは炎にて燃やしましょうぞ――。
微かにそんな声が聞こえてくる。
黒ゐ炎にて燃やしましょうぞ。怨火、お届けいたし候――。
呆然とたたずむ内野の耳に、いつまでもその声が残っていた。
了
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