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 久恵との関係は微妙だった。気持ちを確かめ合ったわけではないが、こうやってベッドを共にすることもよくある。  バーで飲んだ後、彼女の部屋へ転がり込んだ。  何度かお互いを求め合った後、彼女のスマホが鳴った。気だるそうに手にする久恵。裸身にタオルケットを巻いただけの姿を眺めながら、内野は煙草に火をつける。  「仕事関係よ」  「こんな夜中にか?」  「雑誌記者に時間は関係ないわ」ウインクする久恵。そしてモニターを見る。真剣な表情が甦った。「バーでの話、虐め被害者の父親、郷里に言い伝えがあるって、覚えてる?」  「ああ、面白い話だとか?」  「うん。でも、面白がっている場合じゃないかも? これよ」  スマホを手渡してきた。見ると、メールに添付された資料らしいものが映っている。  「怨火とどけ?」  それは県内の山間部のある集落に残る伝承らしい。  「黒炎神社」と呼ばれるところが昔あった。昭和の頃には「刻縁神社」と字を変えているようだが、今もあるかどうかは不明だ。  そこには、古来より一度も消えることなく燃え続ける「怨火(えんか)」という炎が祀られており、「怨火とどけ」もしくは「怨火おくり」と呼ばれる呪法が伝えられていた。  神社で怨火を分けてもらい、呪法の指導を受ける。そして憎い相手へ呪いの念を込める。すると、更に怨火が分かれて相手にとどき、燃やし尽くしてしまう、というものだ。  「これで復讐したとか本気で信じているのか?」  「わからない。けど、そう考えると不思議な焼死が続いていることの理由にならない? この後、原北冨美男も焼死したなら、尚更……」  まさか、と一笑に付す気にはならなかった。いろいろな事件に接していると、不可思議な経験をすることもある。  とはいえ、呪術とは……。  煙草の先の光がやけに目にしみた。
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