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「……カナエは水族館で約束してくれた。いつか私を、脳内から描き出してあげるって。でも、何時まで経っても私の事、描いてくれなかった! 宝箱の中から出してくれなかった!」
水族館が激しく揺れる。スロウが各々の武器で水槽を割ろうと藻掻いて、微睡みを糧にして焦燥を表情に出す。カルデネは私に色鉛筆を持たせ、世界を一枚の紙として熱情を吹き込もうと囁く。
「ゆっくりでいいから、描いて、私を」
ニスカリカは輪郭と実体を求めていたのだ。そしてその約束を叶える力を持っているのは、この世界を描いた私だけ。歯痒い程の眩暈が等間隔になって心痛を生成する。冷徹な眼差しは活発な性格をしていた今までとは乖離していて、茫然自失とした硝子細工が震えているのが分かる。私はカルデネを救わなければならない。約束を違えた代償を償うにはもうそれしかないのだ。
「そんな奴描くな! また俺達を除け者扱いするのか!」
「貴女様が今までその天使を描かなかったのは、きっと描きたくない理由があったからです! 記憶がまだ抜け落ちているのを良い事に扇動して目的を達しようとしているのです。騙されてはいけません!」
「そいつを描いたらまた僕達から離れるんだろ。そんなのあんまりじゃないか。皆、あなたから生まれたのに」
スロウの声が水槽を伝播して小さくくぐもって響く。凪いだ芳香が、多種多様な意見が私を酷く混乱させる。硝子の亀裂も毎秒広がっていく。遺された時間はもう多くない。描いても拒否しても誰かを悲しませてしまう。私自身も、もう泣きたくて仕方無かった。
「本当の私は、どれが良かったの?」
白いワンピースが、制服が、浴衣が、私服が、チャイナドレスが、宇宙服が、メイド服が、弓道着が、水着が、巫女服が、魔法使いが、バニーが、囚人服が、幼稚園児が、ナースが、サンタクロースが、私の少女が見ている。全てはもう紛い物ではない。
「こんなに、だいすきなのに」
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