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「カナエちゃん、大丈夫だよ。作戦があるの」
誰かの名前を天使は呼んだ。
「知ってたよ、あなたの名前。自分で思い出してほしかったけど、安心してもらう方法が思いつかなくって……でも私は、忘れてなんて言わないよ!」
私の名前を天使は呼んだ。
いや、もっと適切なタイミングは絶対にあっただろう。安心してもらう為なんて意味が分からない。『忘れてなんて言わない』って、私の早口謝罪を揶揄して馬鹿にしているのか。天使は曖昧に笑う。淡白な春模様が窓の内側で諳んじた。繭糸が防波堤に絡んで圧力をかける。抉じ開けろと囁く。私は、それらにただ惹かれていくだけだった。
「……早く教えて、あなたの作戦」
天使は呆れた様子の私に対して目を細めてまた微笑む。一旦手を放し、繋いでいた右手の小指に付けていた指輪を外して何か呪文の様な物を唱えた。すると指輪は宙で変形を始め、頑丈な水筒へと変貌した。そのまま耳元で大作戦を囁かれる。
「これでそこの水道水を入れて!」
満杯一歩手前まで水を注ぎ、再び走り出す。
「今から屋上に向かうよ!」
「屋上って、逃げ場が無くなるわよ!」
ランドセルを棄てて速度を上げる天使は頼りない私を連れて猛進する。環境の眼差しは一秒前の行動に対する後悔を許諾しない。二階から別棟に繋がる渡り廊下を通る時、空船が運動場に不時着する様子が見えた。黒煙を上げた船の中から、多種多様な探索者が散り散りに歩き始めて、私達の姿形を血眼になって探している。理不尽な瓦礫が容赦なく地面を埋め尽くしていく。一階に降りるのは現実的ではないと嫌でも理解出来ると同時に、本格的に天使の作戦に頼るしかなくなってしまった。
「ここにいるよ! 早く探しに来なよばーか!」
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