序章01「勇者、失敗作にて、処刑」

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序章01「勇者、失敗作にて、処刑」

 国の危機に瀕した時呼び出される存在、それを彼らは『勇者』と言う――。  人族の国なら人族が住む世界からの召喚を、  獣族の国なら獣族が住む世界からの召喚を、  霊族の国なら霊族が住む世界からの召喚を。  数百年にわたる『勇者』召喚というものは、いわば神だよりの儀式の様なもので、その多くは大した活躍もしない『ダメ勇者』なのだとか。      ならば何故召喚するのか――?  それは、天来の特殊能力適性、そしてその仕組みの問題らしい。  世界の外から現れた存在故の孤独。  そして俺は、それに選ばれた。 ◆◇◇    俺はブラック企業のアルバイトで働く二十三歳男性。  若造と言われる世代で有りながら、俺の人生は既にセピア色。  詰んでいる。    引きこもっていたわけでも無職というわけでも無い。  その証拠に、俺の肩には今、鞭で打たれた後が包帯で隠されている。  職場は戦場だ。衛生兵くらい置いておけばいいんじゃないか?と思うほど酷い環境だが。    青春時代はまだある程度良かった。  成績はトップ層だったし、大学もほぼトップ校だった。     ――  いつからだろう。  俺は進路を間違った。  勉強に身が入らず、一日サボった。  人間という者は不思議なもので、楽な選択をすると慣れちまうものなのだ。  一日、また一日。  溶ける様に、俺を置いてゆく様に時間が過ぎていった。  こんな自分でいいのか――?  そんな自問自答は古びた鉄の様に錆びてゆき、言い訳という名のヴェールが覆う。  詰んだ。という言葉で、俺の人生の八割は語ることができる。  その果てに貪る様に読み漁ったのが、ラノベだった。  色褪せた世界で、その輝きは俺にとって眩しすぎるものだった。  不思議と自己投影できるのだ。  俺は異世界転生もの、というジャンルに興味を持った。  そもそも転生なら何故記憶を持っているのか。  仏教的な輪廻転生の輪を弄った結果か、記憶媒体の複製体の埋め込みか。  転移ならなぜ、言語が通じたり、食文化に困ったりしないのだろうか。    などと娯楽系小説に難癖をつけながらも、読む手を抑えられないのは何故だろう――。    ぶつぶつ言いながらもオタクであることは否定しない。  というか出来ない。  誰がこの複雑な心境を説明出来よう? 「もっとこう、説得力のある何かがな――。」  俺の名前はルーク・アンベート。  金髪の西欧の親と日本人の親のハーフとして生まれ、日本育ち。  そして浪人しながらも大学に入り、  数年後――、就職活動に失敗。  理由は簡単だ、自分に甘かった。  そんなことくらいわかっている。  だから逃げたのだ。本の世界に。    ――ああ、分かってるよチクショウ!チクショウ、チクショウ、チクショウ!      逃避して、逃避して、逃避して、逃避して。  その果てに今の自分がいる。  『異世界』というジャンルに若干の関心を持ったのもこの時だった。    だって仕方がないじゃないか。サイコロの目より酷い確率で人生失敗ルートに進みかねない様な世知辛い世の中だ。  少しくらい生きやすい世界を願ったっていいだろ? 「でも、本当にそんな世界があるなら、俺に見せてくれよ……。なあ、神様!」  でも世の中は理想郷じゃない。  もしも生まれ変われるなら、努力した分だけ無双できる世界に生まれたい。  そんな気の迷いが原因だったのだろうか――、  それともこれは運命だったのだろうか、  今となってはもう分からない。   ◇◆◇    雨の降る夕暮れだった。 「とっとと帰れ!」    バイトの帰り、ずぶ濡れで入った本屋の店主に追い出された。  チェーン店へ駆け込むと、店員に苦い顔をされ、またもや追い出された。    ――汚い、入ってくるな、ずぶ濡れは失せろ。    浴びせられる限りの罵倒の雨を浴びて、俺はもう心までずぶ濡れだ。  だが、人はいつだってそれが本質なのだ。  この世界で本当に余裕のあるやつなんてそうそう居ない。 「別の世界に逃げたい。こんな世界……誰かっ!」  誰か、その後何を言おうとしていたのだろう。  きっと、恐ろしいことでも言おうとしていたのだろう。 「……に言ってんだよ!バカか俺は。」  ――いやよせ、俺はそんな人間だったのか?    異世界がなんだ。  あるわけが無いだろう。  世の中の物理の原理はこうも完璧に出来ていて、全く感心してばかりだ。  魔法なんて存在しないし、奇跡なんて存在しないし、運命だって理屈っぽい。  勉強したって、努力したって、上には上がいる。  俺は一人っ子で、親戚は両親だけだった。  そりゃアンベート一家の後継として期待されていたし、応えるつもりだった。  けれど、しくじった。  近所に住んでいた幼馴染みはどんどん遠ざかって行くし、彼は先に結婚して家族を持った。  そして偶に家にやって来ては俺を憐れみの目で見つめてくるのだった。  そして、この日も――。  俺の十数メートル先、女子高生が一人フードを被って立ち止まったままこちらを凝視していた。  傘は刺しておらず、フードはずぶ濡れだ。  少し面倒だった。  今は誰とも関わり合いになりたくない。  周り道をして帰るか、若しくは……。  その目は冷たく、少し上目遣い、細めの表情。  しかしその視線は確実に俺にあった。  ――やめろ、そんな目で見るな。  聞こえもしない憐れみの言葉が聞こえてくる。  自意識過剰だってことくらい分かっている。分かっているとも。  そりゃ俺だって青年期は自分に陶酔していたし、進学さえすりゃあとは人生ハッピーなのだと思い込んでいたのだからな。  ったく、自惚れにも程があるだろうが――。  女子高生は、俺が少し動く度にその様子を目で追った。  青年期の俺なら変な妄想をしていたかもしれない。  けれど今はそんな気力すらない。むしろ、鬱陶しいだけだった。 「…………」  彼女の口が微かに動き、何か言葉を発している様だった。 「はい……?」  呪文?何かのメッセージ?分からない。  俺はやがて立ち止まった。  勘違いということはあり得ない。  今近くには誰一人として居ないのだ。  下を向いて通り過ぎようと歩き出したその時だった――。 「……なっ!」  地面が揺れ、液状化現象のように足が硬いはずのコンクリートに呑まれる。  視界がグラリと揺れ、動かぬ女子高生の御顔を拝むことすら出来ないまま、俺が最後に目にしたのは――、  ――魔法……陣……?  次の瞬間、俺はようやく理解した。  我が身に何が起こったのかを。 ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※  ――ルーク・アンベートは、転生した。  あれ?  おかしい。  体の感覚が――。  気がつけば、ルークの体は、妙に小さくなっていた。    視界がしょぼくれていて、前を見るのが精一杯だ。  目の前には、巨大な人間が三人並んでいた。  見えたのは杖を持った白いフードを被った男二人と、赤髪の美少女だった。 「ぅ……?」  声が出ない。そして状況がいまいちよく分からない。  そうだ、確か地面に呑み込まれて、最後に『魔法陣』の様なものを――。  魔法陣、魔法、ファンタジー、ラノベ……。  いや、そんなまさか。  ルーク・アンベートの中でぐるりと廻り続ける科学的にも論理的にも破綻した空想的な答えを頭が拒絶する。    そんなルーク・アンベートに、まるで何か凄いものでも眺めている様な奇妙な視線が集まった。  白フード男達は片膝をつき、ルーク・アンベートの前で頭を下げていた。  『敬意』のつもりなのか、それとも何かの『謝罪のポーズ』か。    一方で赤髪の方はというと、ルーク・アンベートに向かって何か呪文を唱えていた。  まだ年は十六か、十七くらいといったところで、これもまた白い服を着ている。  身長は俺より十数センチ低めで――、カワイイ。  ――ってそうじゃない、今気にするべきは他にあるだろうが。  未だはっきりしない視界。  ルーク・アンベートは頬を抓りながら状況を呑み込む為に頭を摩った。  打撲はなし、外傷も見当たらず。  そして目が覚めたら、目の前に広がるのは『知らない世界』。    状況はまるで本の中の世界の様だった。  バザールの様な岩造りの商店街が目の前に広がり、コンクリートではない、『石造りの道』。立ち並ぶ三角屋根の街並み。  目新しいもの、というより、むしろオタク的に見覚えがありすぎて、寒気を覚えた。  冗談だろう?ここは――、  ――『異世界』だ。 ◇◇◆  人生の後半に望んでいたことが起こった、なんて楽観的なことを考えていたわけではない。  いや、そんな一言で語れる心境ではない。   「…………」  杖を持った白いフードを被った男二人、赤髪の美少女と俺の間に、しばらくの間沈黙が襲った。  どうやら、召喚モノあるあるの歓迎されている感じではない様だった。  むしろ、腫れ物を見ているかの様な冷たい視線だけがルーク・アンベートに送られた。  そこから伝わってくる、激しい落胆。  ルークに対する失望、憎悪。    ――おいおい、召喚しておいてその待遇はないだろ。  苦虫を噛み潰したような顔をするルークに対して、  赤髪はため息をついて、白フード二人組に訳の分からない言語で何か言っていた。  言葉も通じない。  体は赤ん坊。  目の前の三人の第一印象は、正直最悪。  ――二度目の人生、早速詰んだかもしれない。  そう感じた瞬間だった。 「うぐぐっ……」  白フードの漢がルークの両腕を乱雑に同時に持ち上げ、地面が身体から遠ざかった。  同時に感じたのは恐怖である。  多分落ちたらただじゃ済まない。勘弁してくれ、今の体は赤ん坊なんだ。  赤髪の少女は、“謎の石”を持っていた。  それは数センチにも満たない小さな石ころで、  一見そこら辺に落ちていそうなものだ。  が、しかしそれは発光もしていて、  ルークはとにかくそれが知りたくて、知りたくて仕方がなかった。 (おい、召喚した赤髪、白フードA、白フードB誰でもいい。説明してくれ!俺はどうしたらいい?) 「序列代五位の私、ヴァーベル・フィーアの名の下に、あなたの記憶は、今、ここで綺麗さっぱり封印されます。」  初めて声を出したのは、赤髪の少女だった。  は?え?  今なんて?  と、ルークは必死に聞こうとしたが、  赤ん坊の体が言うことを聞いてくれない。  ちょっと待ってくれ。  転生したんだぞ?  召喚したのはそっちだろうが!  この時の心の声が、表情に現れていたかは分からない。  けれど、一つ確かなのは、ルーク・アンベート召喚したのがこの少女である。ということだけだった。彼女の手が、ルークに共鳴して、赤く光っていたのである。  天をつく様な光柱が、空を引き裂いた。 「さようなら、ルーク・アンベート。」  赤髪の少女はそう言って、ルーク・アンベートに、『発光した謎の石』を飲み込ませた。  咽せる暇もない。  息苦しくなって、ルークは泡を吹いた。 「あなたの来世の名前は、アドリアーン・リャコスキー。決して、ルーク・アンベートの記憶を取り戻さぬよう、祈っています――。勇者。」  最後に確かに聞こえたのは、赤髪の―― ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※ ※※  翌年、召喚された勇者ルーク・アンベートは、失敗作の勇者としてアドリアーン・リャコスキーに転生させられた。  この時、赤髪の少女、ヴァーベル・フィーアは知らなかった。  驚くべき、この男の人生の軌跡を。
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