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「目が覚めたかね? ジャージャー麺マンよ。」
「くそっ! なんの真似だ!」
正義の味方ジャージャー麺マンは、壁に設置された鉄の板に、手首足首を固定されていた。どのくらいの時間この体勢だったのか、体はしびれて、気分がわるかった。
「フフフ。君が意識を失っている間に、君の脳内にこれを入れた。」
「なっ………な?」
マッドなサイエンティスト殺束が片手に掲げたのは、昭和の駄菓子屋に売ってそうな、風船だった。まだ、ふくらませていないやつだ。
「どういうことだ!」
「君の脳内にこれを仕込んだ。
君の脳は……」
マッドなサイエンティストは脚の後ろから、自転車の空気入れを取り出した。
「わたしがこれを一押しするたびに、圧迫され、壊れていく。」
「な、なんだと!」
言われてみれば、首筋に何か細い物が固定されている感覚があり、足元から空気入れまで、それと思われる細い管が伸びてつながっていた。
「ククク、楽しみだな。
さあ、いってみようか。」
「やめろーー!」
シュコッ……。
「おおっと、空気が抜けたようだ。なにしろ、我が家の曾祖父母が使っていた年代物だからな。」
「こんなことに使って、曾祖父母にわるいとは思わないのか!」
「思わないねえ。
君は、正義の名の下に、わたしの部下たちをなんの躊躇もなく葬った。最後に決めポーズまでして。」
「仕方ないだろう! それが正義の味方ってもんだ!」
「減らず口だな。えい!」
「うわっ……」
シュコッ……。
「おおっと……また空気漏れだ。
まるでロシアンルーレットだな。」
「ち、ちくしょう!」
「ところでジャージャー麺マン、君はその姿で最期を遂げるのは、嫌じゃないのか?」
ジャージャー麺マンは、ジャージャー麺柄のぴったりタイツに、すだれ状の麺をマント代わりに首に巻いて提げている。顔は、唐辛子のお面だ。
「変身前はイケメンだったと記憶しているし、ファッションも今風だったな。」
「当たり前だ! ファンクラブ会員絶賛公募中だったからな!」
「そういう理由ならば、この姿が最期でもよかろう? もうファンは必要ないのだからな。」
「そういう問題じゃない!」
マッドなサイエンティストは返事を聞いていなかった。
シュコッ……。
「ハッハッハ、また空振りだ。君はそうとう運が強いようだな、ジャージャー麺マンよ。」
「当たり前だ! でなきゃ宇宙規模のオーディションを勝ち抜けるか!」
「ふむふむ。勝ち抜いた結果がこれか。まさに禍福は糾える縄の如しだな。」
シュコッ……。
「不意打ちは止めろ!」
「クックックッ……楽しくなってきたよ、ジャージャー麺マンよ。」
「気持ちわりィ!!」
「ひとつ、残念なお知らせがある。」
「なんだ!」
「たまに、1つも弾丸の入っていないまま終わるロシアンルーレットがあるが」
「そうだな!」
「空気入れは何度でも押せるのだ。
つまり、エンドレス・ロシアンルーレットになる可能性もあるわけだ。」
「うおおぉおお!」
「楽しい時間はいつまでも続く……クックッ。」
マッドなサイエンティストは本当に楽しそうに体を九の字にして笑った。
「では、本格的に再開しよう。
押す前に1枚ずつ、部下の写真でもみるか?
葬式で使った遺影しかないがな。」
「やめろっ! 顔なんかいちいち覚えていない! 思い出さない!」
「顔なんか覚えていない……なるほど。
では、最後くらい見ていってやってくれ。
何人見てもらえるかな?
なあ、お前たち。」
セリフの終わりしなに、マッドなサイエンティストは、ウェストポーチからミニアルバムを取り出しながら、語りかけた。その顔が、なぜかひどく人間らしく見えた。
アルバムから再び正義の味方に向き直ったとき、サイエンティストはマッドな顔つきに戻っていた。
「まず一人目。名前はゴージャス・サンライズ in the オモイデノコンガだ……よく見てやってくれ。ほら。」
シュコッ……。
「ぬああぁああ!」
ジャージャー麺マンは泣きそうだった。
ただ、ヒーローになりたかった。
ただ、みんなから実力を認められたかった。
それだけなのに、どうしてこんな死に方をしなければならないのか。
「くそう! いっそ玉砕してりゃよかった!」
「オーう、ニホン人だな、ジャージャー麺マン。だが、お前の言い分などどうでもいい。
……二人目はナターシャだ。出会った時は、名もない赤ん坊だった……」
マッドなサイエンティストは空気入れを押した。
シュコッ……。
「ああ、心優しかったナターシャ。お前はジャージャー麺マンを見逃すか。
では……」
遺影を掲げ、名前を挙げて、マッドなサイエンティストは空気入れを押し続けた。正義の味方が恐怖に意識を失うまで、だ。
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