第7話

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cb826b14-60fb-4d20-b49a-fd08a4ababa8  やがて車はホテルの地下駐車場に入り、奥まったところで止まった。  扉が開けられ、桐嶋は案内されるままにエレベーターに乗る。  41階でエレベーターが止まると、女性に先導された形で後ろについていった。  目的地と思われる部屋の前には男性が二人。  一人は桐嶋と似たような背格好だが、もう一人は2mくらいはあるであろう巨躯をしていた。 「ターミネーター・・・」  思わず桐嶋の口から洩れた言葉に女性は反応したらしい。笑いをこらえているのかもしれない。体が小刻みに揺れている。  その揺れが収まったころ、部屋の前に女性と桐嶋はたどりついた。  ノックが3回。  待ちかねていたかのように促す言葉が重なった。  扉の先には一人の女性が立って出迎えてくれた。  鳴海の言っていた通りだ。  少しウェーブのかかった蜂蜜色に近いロングな金髪。ぴったりとしたスーツとタイトスカートが体のラインを際立たせている。エメラルドグリーンの瞳と大きな目。控えめなそばかす顏は少し幼いような印象を見るものにあたえる。  どことなく、妻ソフィアに似ているような顔立ちだ。 「桐嶋様、ようやくお会いすることができました。どうぞ、こちらへ」  日本語で長椅子に座るよう言われ、桐嶋は躊躇することもなく座った。  ウインストン女史は正対するように向かい側の椅子に座る。  それに合わせて扉が閉められた。  室内には桐嶋とウインストン女史の二人だけ。  桐嶋が口を開く。 「はじめまして、と言いたいところですが不用心すぎませんか?」 「いいえ、二人だけでお話をしたくて、大使館ではなくこちらに来ていただいたのです」 「そうでしたか」  二人の間には豪奢なマホガニーの大ぶりなテーブルが一つ。  仮に桐嶋が乗り越えようとしても女史にたどり着くまでの間に、外にいる三人に取り押さえられそうな雰囲気がある。  逆にそのような自信があるからこそ、三人は外で待機しているのだろう。 「どうかされました?」  桐嶋は彼女に目線を向けたまま考え事をしていたらしい。ウインストン女史の顏が少し赤らんでいる。 「いえ、優秀な護衛なのだろうと思いまして」 「はい。今回、来日するにあたってお父様がつけてくれた護衛ですので」  一財団の調査員に護衛が三人もつくことはない。父親がつけてくれたにしても過剰な護衛といえる。過保護にしてもやりすぎだと桐嶋は思ったが、もし別な肩書や立場があれば話は違う。 「・・・失礼ですが、モニュメンツ・メン財団の調査員という肩書であっていますよね?」 「はい、鳴海様にお渡しさせていただいた名刺の通りです。ただ・・・」 「ただ?」 「お父様が大統領補佐官を拝命している関係で・・・」 「大統領補佐官!?担当は?」 「国家安全保障問題担当です」  ウインストン女史は、恥ずかしそうに、伏目がちになりながらそう言った。  『VIP中のVIPじゃないか!!』桐嶋は内心で舌を巻いた。  アメリカの大統領補佐官は、大統領が直接任命する。議会の承認もいらない。特に国家安全保障問題担当ともなれば大統領の側近といっていい。 「ようやく理解しましたよ。鳴海から聞いていたパーティーの様子でも、大使があなたに対する態度が妙だと思っていました」 「恥ずかしいです・・・」  彼女は顏を真っ赤にしながらもじもじしている。その仕草が、見た目以上に幼いものに感じた。そしてその姿は、やはり妻の記憶と重なる。彼女は感情が豊かな人で、表情や態度によくでていた。 「このようなことを詮索するのはおかしいかもしれませんが・・・お父様以外のご家族は」  桐嶋の口調と表情が疑念に変わっていることに彼女は気づいたようだ。口が少し開き、驚いた表情になる。 「お母様と兄と私です・・・」  そう言いながら、おずおずと両手で頭に近い両サイドの髪を掴む。おかげでツインテールのような髪型になった。彼女がなぜそうしたのか桐嶋はわからなかったが、その姿は桐嶋の記憶を刺激した。  ウィーンのシュテファン大聖堂。  桐嶋が懇意にしていた教授が手配してくれた結婚式の舞台。  華美でもなく高価でもないが、美しいウェディングドレスをまとったソフィア。  その周りを、喜びの感情を爆発させながらはしゃぎ回る金髪の女の子。  はしゃぎすぎたせいでまとめていた髪型がくずれ、兄から怒られている。  崩れた髪型はツインテールになっていた。  桐嶋は助け船をだすつもりで声をかけた。 『大丈夫。その髪型もかわいいよ』  彼女は真っ赤な顔をぼーっとしながら桐嶋の顏を見つめていた。  結果、結婚式の間、女の子はずっとツインテールのままで参列していた。 「キャリー・・・?」  桐嶋はまさかという気持ちで尋ねた。言葉は自然と英語に変わっていた。  ウインストン女史の目から大粒の涙がこぼれる。 「・・・そう・・・です。ようやく・・・ようやく・・・」  キャロライン・ベル・ウインストン。  彼女は、桐嶋の妻ソフィアの従弟だった。  最後に会ったのは、妻が亡くなった時。  桐嶋は、いまだに妻の死亡原因は自分にあると罪の意識にさいなまれている。  当時、桐嶋はAIC(米国保存修復研究所)に勤めており、その日は意見交換のためにナショナル・ギャラリーに行っていた時だった。会合が終わり外にでるとあいにくの雨。かなり強い雨で、遠くがけぶって見えるような強さだった。  桐嶋は妻に電話をかけ、車で迎えに来てくれるよう軽い気持ちでお願いした。  ほどなくして、それらしい車が見えた。桐嶋が合図のために手を振ろうとした時、惨劇は起こった。  信号を無視した酔っ払いの運転する車が、ノーブレーキでソフィアの運転する車に突っ込んだのだ。しかも運転席側に。  ソフィアは即死。  奇跡的に外傷は少なかった。だからこそ、余計に桐嶋はその死を信じることができなかった。  でかけていなければ。電話をしなければ。すべてにおいて桐嶋には後悔しかなかった。  ソフィアが死ぬ原因を作ったのは自分だ。桐嶋は7年たった今でもそう思っている。  アメリカでは土葬が主流だ。現在は火葬も多くなっているが、7年前は土葬が多かった。ソフィアも土葬だった。葬儀の途中は不思議と涙はでなかったが、最後に土がかけられた瞬間、こみあげるように零れ落ちた涙が土に吸い込まれたことを覚えている。  キャリーと最後には会ったのはたぶんその時だ。  ただ、ソフィア以外に意識がいっていなかった桐嶋に、その記憶はほとんどない。  死の原因を作ったのは自分という気持ちが強く、親族に会わせる顏がないと思っていたからもある。  その後、2年間はキャリーたちと会っていない。  ソフィアの叔母(キャリーの母親)が何度か連絡をしてくれていたが桐嶋は頑なに固辞していた。  そして、5年前、父親の死とともに、桐嶋はアメリカから逃げ出すように帰国した。  桐嶋はキャリーが泣き止むまで待っていた。  なぜ泣いたのかはわからないが、おそらくいろいろな思いがあるのだろう。ソフィアのことを「ソフィ姉様」と呼んですごく慕っていたから、桐嶋の姿を見て思い出したのかもしれない。
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