第7話

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ce8449c6-74a9-4cf6-9aac-4df9e81ae647  さて、本日は月曜。ウインストン女史との面会日である。桐嶋は、記憶と予定表を照合し再確認した。  時計を何度見ても午前5時。  いつもは7時くらいに、目覚ましの音で起きることが多いため、いつもより2時間も早い。外はもう朝日が照りつけているはずだが、地下室にいるためうかがい知ることはできない。 「緊張しているのか?それとも楽しみなのか?」  自分の気持ちがわからないままであったが、眠気は完全になくなってしまったので、桐嶋はシャワーを浴びてすっきりした後に身支度を開始することにした。  午前10時過ぎ。  朝食も終え、コーヒーの香りを楽しんでいると倉橋から着信があった。 「おはようございます。今日は、午後1時半頃にお迎えに参上すればいいですか?」 「早いくらいだが、そのくらいの時間でよろしく頼む」 「わかりました。その後、なにかありました?」 「・・・いや、特にはないかな」 「・・・なにかあったんじゃ?」 「なにもないって。じゃあ、時間になったらよろしくな」 桐嶋はあわてないように注意しながら電話をきった。 「勘のいいやつだ」  例のラテン語については、今のところ三人に話すつもりはない。  絵自体を財団に預けるならば、それに付随する情報は財団にさえ提供すればいいだろうと桐嶋は考えていた。 「あの部分の写真も撮っておくか」  桐嶋は保管庫に行き、絵の写真を撮り始めた。  昨日の内に撮ってはいたのだが、今日の日付での写真の方がいいだろうと思い直し、何枚も撮っていく。  全体を角度を変えて何枚も。  各部の接写も。  傷や指紋は念入りに。  裏のラテン語は写真にしてもわかりにくかったため、拡大したうえで単語ごとに撮った。  そして撮った写真をすべて確認し、ピンボケしているものや写りが悪かったデータを削除して整理していく。  午後1時半。倉橋が迎えにきた。  駐車場に行き車を見るといつものアルファロメオではない。  トヨタのヤリス。確かにこれならかなりの台数が入っているし目立たないだろう。リア部分にはカーシェアをしている某社のマークが見えた。 「ちょうどシルバーのがあったのでこれにしました。白や黒よりも、人の印象に残りにくい色ですからね、ちょうど良いと思います」 「汚れもな」 「そうですね」  倉橋は笑いながら車に乗り込んだ。桐嶋は助手席ではなく後部座席に乗り込み、体を横に倒した。こうすれば外からは見えにくい。 「では行きます」  二人の乗った車は、先日打ち合わせしたルートを通り、何事もなく砧公園にたどりついた。  待ち合わせの時間にはだいぶ早いが、遠目で確認するとすでにそれらしい車がいた。 「まいったな。すでに目立ってるじゃないか」  緑のある公園と住宅街の間を走る道路に黒い大きい車が止まっている。  外交官ナンバーのついた車は他を圧していた。 「怪しい車にしか見えませんよ」 「だよなぁ」  二人でためいきをつく。 「よし、倉橋。ここでいい。ここで降ろしてくれ」 「え?ここでですか?」 「ここなら木陰に隠れて、防犯カメラにも最小限しか映らずにあっちの車につけるさ。あとな、あそこまで目立っている車に横付けするのはリスキーすぎだ」 「あー・・・そうですね。そうします」 「ここまでありがとな」 「いえいえ。気を付けて」  桐嶋は一つ手をふると車から滑り降りた。  扉がしまったのを確認した倉橋は車をスタートさせ、大使館の車とは逆の道路に走っていく。  その姿を確認した桐嶋は行動を開始した。 「約200mくらいか」  今いるあたりは木立が多く、防犯カメラから死角になりそうな箇所が多数存在していた。そこをたどるように移動していくと、思ったよりは楽についた。  車の扉が開き、一人の女性が降り立つ。 「桐嶋様ですか?」 「そうだ」 「お乗りください」  後部座席の扉が開けられた。桐嶋は、最後にもう一度周囲を確認してから乗り込む。  乗ってから車内を確認すると、後部座席側の窓は完全にスモークシールドだった。これなら普通に乗っていられるな。桐嶋は少し安心しながら座席に座りなおした。  意外だったのは、車種がトヨタのシエナだったことだ。イメージ的にアメ車だとばかり思っていた桐嶋としては「これでいいんだよな」と再確認せずにはいられなかった。  桐嶋を乗せた車は世田谷通りを真っすぐ渋谷方面に進んでいる。アメリカ大使館は赤坂にあるため、ここからなら一本道のようなものだ。  渋谷駅を通りすぎ、そのまま表参道方面に向かうものと思っていたが明治通りを左折した。桐嶋は疑問に思い、同乗の女性に確認した。 「大使館は赤坂では?」 「大使館ではなく、新宿の京王プラザホテルにお連れするよう指示を受けております」 「え?なぜ?」 「私にはわかりかねます」  再び、社内には沈黙が流れた。  財団、ないしはウインストン女史の当宿場がそちらだということなのかはわからないが、大使館で会うのは不都合なのだろう。  ふと、桐嶋はこの車に乗り込んだ時のことを思い出した。  この女性は、明らかに写真と思しきもので桐嶋を確認してから声をかけている。つまり、事前になんらかの手段で写真を入手していたということだ。 『なんのために。どうやって・・・不測の事態も考えていた方がいいか』  桐嶋は居住まいをただした。
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