第8話

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第8話

ce6b8bd5-69d4-4a8b-b508-0a34a05f04d0           黄金の荊棘(いばら) 第8話  水曜日の早朝、東京の喧騒がまだ目覚めぬ頃、桐嶋悠斗はホテルのロビーで深呼吸をしていた。時計の針が午前6時を指す。 「おはようっす」  鳴海涼の声に振り返ると、いつもの飄々とした表情で立っていた。 「ああ、おはよう鳴海」 「準備はよろしいですか?」  キャリーの声が響く。彼女の後ろには3人の護衛が控えていた。 「では、出発しましょう」  6人は、外交官ナンバーの黒色のシエナに乗り込んだ。  座席配置は、運転席がエドガー、助手席が鳴海、運転席の後ろがキャリー、助手席の後ろが桐嶋、3列目にミラーとデイビスだ。  首都高から東北自動車道に入り、一路、盛岡に向かう。  目的地の早池峰山ふもとの別荘は宮古市よりではあるが、東京から向かう場合は、盛岡経由の方が時間がかからない。 「蓮田SAから盛岡ICまでの所要時間は約6時間です。最終目的地である別荘までは、盛岡ICから約1時間半かかります」  エドガーの低い声が車内に響いた。  桐嶋は窓の外を眺めながら、ここ数日の出来事を思い返していた。  月曜日。  藤堂が帰ったあと、キャリーは駐日大使、滞在しているホテルの支配人、鳴海の上司にと、次々了承をとりつけていく。手慣れたもんだ。組織に所属する優秀な人間は、優秀な調整能力を有する場合が多い。キャリーもその口だろう。  キャリーが関係各所に連絡している間、桐嶋はキャリーの護衛たちから自己紹介を受けていた。  勝手にターミネーターと呼んでいるマイケル・エドガー。有能な秘書というイメージそのままなイヴリン・ミラー。どこか鳴海と似たような雰囲気のロバート・デイビス。  佇まいといい、言動といい、能力的には信用のおけそうな人たちだ。「信頼できるかはまだわからんがな」桐嶋は心の中でそうつぶやていた。  その日の夜、倉橋から連絡が入った。 「桐嶋さん、水曜には揃うと言ってた顔料等の画材ですが、もう少しかかりそうです」 「ああ、急がないでもいいぞ」 「助かります。藤堂さんから聞きましたが岩手に行くそうで」 「そうだな。その予定だ」 「今日で休みが終わりなのが悔しいです」 「情報は共有するさ。また、おまえの知見を貸してくれ」 「わかりました」  そして、その夜ちょっとした騒動がおこった。キャリーだ。  桐嶋は、キャリーと同じホテルに泊まることに同意していたが、別の部屋に泊まるつもりだった。確認すると、警備上の観点から、キャリーの部屋とその周囲の4部屋をおさえているとのことだったので、どこか貸してほしいと言っていたのだが。 「えー!せっかく兄様と一緒に泊まれると思ったのに!」  キャリーが駄々をこねた。  しかし、桐嶋の意見が通り、別部屋に泊まることになったので桐嶋は一安心。  午後10時頃。  キャリーは自宅に電話し、桐嶋と会えたことを母親に伝えている。  桐嶋も電話を代わり、いろいろ落ち着いたらアメリカのウインストン家に訪問することを伝えた。 「妻の墓参りもしたいしな」  桐嶋の気持ちは、まだ、妻に合わせる顔がないという気持ちは強いが、いつまでも逃げるようではダメだと自分に言い聞かせていた。  火曜日。  鳴海から桐嶋に連絡が入る。 「いろいろな根回しの結果、キャリーさんが滞在中、要人警護兼連絡役兼オブザーバーとして、同行することになったっす」 「なぜ、キャリーではなく俺に連絡したんだ?」 「藤堂さんから話を聞く限り、行動のイニシアチブが桐嶋さんにありそうだったので。キャリーさんには桐嶋さんから伝えてくださいっす」  お互いの日程を確認し、明日、水曜日に出発することになった。  場所が場所なので早い時間に出発した方が良いだろうということになり、鳴海が午前6時にホテルのロビーに来ることになった。  クリムトの絵についても問題になった。さすがに持ち歩くわけにはいかない。  当初、桐嶋はクリムトの絵を、大使館で預かってもらおうと考えていたが、いくら大使館内とはいえ、警護人がいない状態で放置するのは危険という意見がミラーからあったため再考。  結局、キャリーの伝手で某都市銀行の貸金庫に預けることにした。  絵と保護材だけであれば貸金庫にぎりぎり入るサイズだったうえ、空調管理も保管に適していたからだ。  別荘行きに必要な食糧や寝袋等の必要なものはミラーが購入、準備して車に搭載済みだった。  こうして準備は完了した。
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