第8話

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ea2f12f3-be2c-42e6-be51-2a88ab5bce51 「みなさん、一度落ち着きましょう」  ミラーが、コーヒーの入った紙コップをテーブルに並べ始めた。 「こういう時は、話を整理して全員で共有した方がいいですよ。でないと、迷走して良い結果がでません」 「ああ。・・・ああ、そうだな」  桐嶋がテーブルにつくと、他の全員も思い思いの場所につく。キャリーは、当然のように桐嶋の隣に座った。  ミラーが人数分のコーヒーを渡し終えると、熱いコーヒーを飲む音だけが聞こえる無言の時間が流れた。ただ、目線だけは桐嶋に向けられている。 この場のイニシアチブを持っているのが桐嶋ということは共通認識のようだ。 半分ほど飲み終わる頃、桐嶋が口を開いた。 「まず、みんなに感謝したい。到着してから30分程度で、ここまで発見が連続するとは思いもしなかった。これはおれ一人で来ていたら到底なしえなかったことだ。ありがとう」  深々と桐嶋は頭を下げた。キャリーがなにが言いたそうに身じろぎしたが、桐嶋の次の言葉を待った。 「ここまでの状況を整理しよう。倉橋、書記を頼めるか?」 「了解しました」  ノートパソコンを準備し始める。駆動音とファンの音が室内に流れた。 「準備OKです」 「ありがとう。ミラーさんもありがとう。おかげで落ち着いた」  桐嶋は、残りのコーヒーを全部飲み干し、ここまでの情報をまとめ始めた。  A1.つい最近、何者かがこの別荘を訪れていること。  A2.その人物は、ここに来慣れている可能性が高いこと。  A3.その人物の足跡が、入り口と奥の書架を往復している。  A4.この建物の外装と見た目の奥行が一致しないこと。書架の奥がある?  A5.作業場がないのに、油彩画特有の香りが微かにすること。  A6.この別荘を使用していた目的がわからないこと。 「ここまでが物理的な別荘に関することだ。ここまではいいな」  桐嶋の問いかけに全員がうなずいたが、鳴海が手を挙げて確認した。 「言いにくいことですが、親父さんの遺体が発見された時の場所ってどこっすか?」 「ここだよ。おれが今座っているところに突っ伏していたらしい」 「・・・了解です」  桐嶋は他にないか見渡したが、他にはないようなので続けた。 「次は、例の絵に関することだ」  B1.鷺沼氏から送られてきたクリムトの絵を撮った写真が、この家屋で撮影された可能性があること。写真の端に写っている木材が、壁の傷や継ぎ目と一致していることからくる推測。  B2.その写真は画素数が荒く、20年以上前のデータを最近印刷したものと推測していること。  B3.上記二つの情報から考えると、クリムトの絵が少なくても20年以上前から別荘にあった可能性があること。  B4.絵についている傷については不明。その形と個々の大きさ、傷の左下にある指紋のサイズから子供の爪による刺し傷であると推測。  B5.額縁の裏には『Ne tradideris Aurae Noctis』(アウラ・ノクティスに渡すな)の文字が刻まれていること。  鳴海が最後の内容を確認した。 「それが藤堂さんから共有されてきた情報のやつっすね」 「そうだ。倉橋にもいってるよな?」 「はい、大丈夫です」  ノートパソコンに入力しながらうなずいた。 「アウラ・ノクティスの名前がでてきたのであれば、組織に関する概要も共有した方が良いように思いますが」 「そうだな、キャリー。確かにそうだ。説明を頼めるか?」 「はい。喜んで」  C1.神聖ローマ帝国時代から歴史の裏で美術品取引をおこなっている秘密結社。  C2.盗難品や盗掘品を犯罪者から仕入れたり、来歴が怪しい美術品を売りたい資産家から購入し、修復・修繕して高値で顧客となっている世界中の富裕層に販売している組織。  C3.ナチスがらみの美術品をもっとも多く売買している組織でもある。  C4.目的を達するためなら殺人をもいとわない。  C5.2018年頃から組織に関係していたと思われる画商や絵画修復家が多数殺害されている。 「2018年頃からというのはなにか理由が?」  倉橋が疑問を投げかけた。 「スイスの銀行機密法の改正によるものだと推測しています。口座情報に紐づいた人々の口封じかと」 「大胆だなあ」 「ありがとうキャリー。他に質問や意見はあるだろうか?」  桐嶋が全員を見渡すが追加すべきことはなさそうだ。 「現在、午後4時すぎ。場所的にもそろそろ陽が陰り始める頃合いだ。そこでまずCに関する危険性を考えたいと思う。エドガー、ここまでの道中で尾行はなかったか?」  勝手にリーダー格と思っているエドガーに確認と意見を求めた。 「尾行はありませんが、アウラ・ノクティスに行動をキャッチされているかの危険性も現在はわかりません。ですが、用心するに越したことはないでしょう」  落ち着いた重低音の声は、それだけで聞くものに安心感を与える。エドガーは言葉をつづけた。 「桐嶋様の懸念は、今晩、ここに宿泊するとした場合のことでしょうか?」  言外の意図を察してもらった桐嶋は微かに笑みをうかべた。 「その通りだ」 「仮に敵がRPG等の兵器で攻撃してくるのであれば話は別ですが、携行銃での襲撃であれば街中よりはここの方が対処しやすいです。3人で監視をローテーションでおこなえば問題ないと考えますが、暗視装備が欲しいですね」 「暗視装備?あるっすよ」  全員の目が鳴海にむく。 「こんなこともあろうかと準備してきたっす」  鳴海は持参したボストンバッグから、暗視ゴーグルと双眼鏡タイプのデジタル暗視スコープを取り出した。 「なんでそんなのもってんだよ」 「うちの仕事はいろいろあるっすから」  倉橋のあきれ声と対称的に鳴海の声は楽しそうだ。 「それがあれば監視は万全の態勢でおこなえます。問題ありません」 「わかった。ありがとう」  こちら側の攻撃装備には言及しないか。と、鳴海は思ったが、こちらも口にはださなかった。  さきほどデイビスがかがんだ時、腰にちらっと見えたのは、銃把の形からおそらくグロックだ。巧妙に隠してはいるが、3人ともどこかに装備しているのだろう。暗黙の了解というやつだ。 「では、ここから3人には監視と警護を任せたい。ミラーには食事もお願いしたいが問題ないだろうか」 「問題ありません」 「それではよろしく頼む」 「了解」  エドガーたち3人は席を立ち、今後の相談を始める。ここまできたら信頼するしかない。桐嶋はいくつかの懸念材料を振り払った。 「キャリー。君に相談もせず勝手に彼らを動かしてすまん」 「兄様。私の護衛は兄様の護衛でもあるのです。どうかご自由に」 「ありがとう」  崇拝に近い眼差しをしているキャリーの言葉にはいろいろな意味がありそうだが、気づいたのは鳴海だけだった。 「では、ここからはこの4人で進める。まず、Bに関してだが、これは倉橋の推測通りだろうと考える。個人的に追及したい点はあるが、現物がここにない以上後回しとしよう。つまり、現状で優先的に確認するのはAとなるがそれでいいか?」 桐嶋の言葉に3人はうなずいた。
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