第8話

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97758041-29eb-4a24-a774-a2c58ba1775f 「キャリー。外装と内装の差異について説明してくれるか?簡単なのでいいから見取り図も描いてくれるとうれしい」 「わかりました」  キャリーは手持ちのメモ帳に見取り図を描き始める。空間認識能力が高いのか、簡単に描いているはずなのに、原寸との縮尺関係がサイズ的に近いように感じる。 「ありがとう。つまり君が言っているのはここということか」  桐嶋の指が書架の裏を指さした。そこには奥行1mにも満たない空間があると仮定してある。 「そうです。外壁の厚さ、書架が備え付けられている壁の厚さ。どちらとも推測した厚さですが、そこになにかがあることだけは間違いないと思います」  見取り図を描くことによってキャリー自身も確信がもてたらしい。言葉に力がこもる。 「ログハウスタイプの構造上、意図的に造らなければこのような空間は生まれません」 「確かにそうだな。しかし、なんのための空間なのかわからんなぁ」 「桐嶋さん、もうぶち破っちまいましょうよ。確認するだけならそれが簡単っす」 「いや、鳴海、それはやめておいた方がいいな」 「なんでっすか?倉橋さん」 「ウインストンさんの見取り図で気づいたが、たぶんこの壁、いや書架も含めてかもしれないが、耐力壁の可能性がある」 「耐力壁?」 「ああ、柱や梁と一体となって建物の構造的安定性を確保している壁のことだ。この建物、ログハウスっぽい造りだが、和洋折衷といった造りになっているように思える。本職が建てたものではないような感じだ。だとすれば」  倉橋がなにかを思い出したように一拍おいた。それを鳴海がうながす。 「なんすか?」 「構造計算が狂った建物はもろいぞ?一発でぺしゃんこになってもおかしくない」 「・・・それは勘弁してほしいっすね」 「だからやめとけ」 「うっす」  キャリーが倉橋の言葉になにかを感じ確認した。 「経験が?」 「ええ。以前、解体中の日本家屋で絵画が発見されたので確認してほしいと依頼があって現地調査した時のことです。解体業者が壁に一発ハンマーを入れた途端に建物が倒壊しました。誰も怪我人がでなくて良かったでのすが、その時から構造を気にするようになりました」 「それは大変でしたね」 「それはもう。教訓だと思って大事にするようにはしてます。桐嶋さん」 「なんだ?」 「この場所。ここに例の絵が保管されていたとするとしっくりきませんか?」  桐嶋があごに手をあてて考える。 「それは思った。だがな、空間的に狭いし、通気性はなさそうだし、外壁に近くて温度変化が激しそうだしで、絵画の保管に適しているとはとても思えない場所なのよな」 「それはそうですね」  3人が考え込みそうになった時、鳴海が勢いよく立ち上がった。 「考えるだけでは埒が明かないっすよ。とりあえず書架が動くか試してみませんか?」 「そうだな。そうしよう」  4人が書架に近づき、押したり引いたりしてみるがびくともしない。  桐嶋が書架を上から下まで見渡す。床から天井まですべてが書架になっており、全部に本が入っていれば大量だが、天井近くにはまばらにしかない。  183cmの桐嶋の身長ならば届くが168cmの鳴海には難しそうだ。  ざっと確認すると、意外にも美術関係ではない本が多い。しかも古い。手に取って見てみると1950年発行の本まである。 「誰の本なんだ?」  桐嶋が疑問に思う。桐嶋の記憶にある父親には本を読んでいた姿がない。  これだけの数の本を収集したとは思えないのだ。しかも父親の生まれは1960年のはず。いくつかの本の発行年を見てみたが、1985年以降の本が見当たらない。 「おれが生まれる1年前か」  そうつぶやいた時、桐嶋の目に1冊の本が留まった。茶色い革の装丁に金字で『Grimms Märchen』と題名が書いてある。 「グリム童話か。懐かしいな」  グリム童話とは、19世紀初頭にドイツのグリム兄弟(ヤーコプ・グリムとヴィルヘルム・グリム)によって収集・編集された、ドイツとその周辺地域に伝わる民話集だ。口伝えで広まっていた昔話を書き言葉で記録したもので、「赤ずきん」「白雪姫」「シンデレラ」「ヘンゼルとグレーテル」など、世界中で愛される有名なお話が多数含まれている。  アカデミー入学以降もドイツ語の学習を続ける桐嶋には、かっこうの教本だった。何回読んだかわからないほどだ。  なにげなく取り出そうとするが、なにかが引っかかって取り出せない。 「Buch mit Schließeかな」  Buch mit Schließeとは、留め具のついた本のことである。古い本だとついていることがある。  上下にゆすったりしながら強めに引いたらようやくとれた。  その時、カタンという音ともに書架の一区画が動いた。 「桐嶋さん!そこ!謎人物の足跡があったとこっすよ!」  皆が驚き集まってきた。  本があったあたりを見ると、木の棒らしきものが見える。これが本の留め具にかかっていたのだ。  ゆっくり書架を引くと壁とともに簡素な扉が現れた。 「開けるぞ」 「待ってください!罠の可能性もあるので私が開けます!」  そう言うと取っ手にミラーが取り付き、デイビスが壁に背をつけて確認する。エドガーが扉の斜め位置につき、桐嶋たち4人をガードした。  全員が配置についたことを確認しミラーが宣言した。 「開けます」
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