きつねのお姉さん

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きつねのお姉さん

 ゆらゆらと湯気が昇るアスファルトを、ぼくと筆吉は日陰を探して並んで進んだ。  「想像以上の熱気じゃねぇか…。着く前に足が溶けちまう。」  不満を口にしながらも、一度決めたらやり遂げる。それが筆吉の男前なところで、ぼくは気に入っている。  ぺたぁんこぺたぁんこと歩みを進める筆吉の黄色い足は、ほんとうにバターのように溶けそうに見えた。    ちょっと予測不能の暑さだった。  のどがひりひりした。  筆吉の足が、溶けるか火傷(やけど)するか…。悪いことしたなと、ちょっとぼくの胸はキュンとした。  いや、でもぼくはけんきゅうしゃだ!  最後まであきらめちゃダメだ!  心を鬼にして、この小さな街の外れにある山に向かう。  正しくは、『ぐみまくば山公園』という。  山といってもちっちゃな丘のような感じ。  公園というのにいつも薄暗いその山は、子どもの遊ぶ姿なんてない。不思議な場所。    けんきゅうしゃの心をつかんで離さない感じがする。  「あら、チカくん。おでかけかしら?」   足元ばかり気にしていた僕がひょこっと顔をあげたら、涼しげな細くて柳のような目が、()を描いている女の人が立っていた。  「きつねのお姉さん。こんにちは。」   僕がそう呼ぶ三丁目に住むお姉さんは、ご近所さんだ。油揚げを(かど)のとうふ屋さんでいつも買っている。  白いパラソルをくるりんと回して、強い太陽光線を真っ白な肌からキラキラ跳ね返すと、お姉さんはまた目を細めた。  「相変わらずジェントルマンね、チカくんは。」  「僕はジェントルマンではなくて、けんきゅうしゃですよ。これから僕たち、『ぐみまくば山』にけんきゅうに行くところです。」  それを聞いた筆吉のため息が聞こえる。そのめんどくさそうな顔は見ないことにした。  「それは、ご精を出されますこと。お暑いのでお気をつけてくださいませね。」  きつねのお姉さんはそういって、汗ひとつも出さない涼やかな様子で歩き去って行った。
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