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第1話
――昼休み
「あら? あそこにいるのは、ひょっとしてメラニーさんじゃないかしら?」
学生食堂の帰り道、渡り廊下を歩いていると友人のアニータが中庭にいる人物に気付いて足を止めた。
「ええ、そうね……そして一緒にいるのはフリッツよ」
私――ロッテ・ブライスは忌々し下にフリッツを遠目から睨みつけた。
フリッツ・メンゲルは名門伯爵家の跡取り息子であり、来月は卒業を控えている。
そして一緒にいるメラニー・オランは田舎出身の男爵令嬢で……フリッツの浮気相手……と囁かれている。
2人は中庭のベンチに座り、親しげに会話をしている。
「最近、あの2人はいつも一緒にいるわね? こんな言い方してはいけないかもしれないけれど、一体フリッツ様は何を考えているのかしら? 婚約者がいながら堂々と浮気をしているなんて」
アニータは様子をうかがうかのように、チラリと私に視線を移す。
「全くだわ。フリッツ様は来月の卒業パーティーをどうするつもりかしら」
もう一人の友人、リゼが私に問いかけてきた。
「……そうね。フリッツからは卒業記念パーティーのパートナーの申込みがまだ来ていないようだし……ひょっとするとメラニーさんに申し込むつもりかしら」
すると私の言葉に2人の友人が驚く。
「ええ!? 本気で言ってるの!?」
「ロッテ、このまま黙っているつもり!?」
「黙っているつもりはないわ。ただ、あと少しだけ様子を見ようと思っているの。今ここで2人を問い詰めても、言い逃れされてしまうかもしれないわ」
「だけど……」
リゼが心配そうな眼差しを向けてくる。
「学園内で、ただ2人で話をしているだけでは浮気とは言い切れないでしょう? ただの友人だと言われたらそれまでだし。憶測で浮気と決めつけたら、揚げ足を取られてしまうかもしれないもの。もっと確実な浮気の証拠が出てくるまでは泳がせておくわ」
「泳がせておくだなんて……」
「さすがはロッテね」
2人の友人は私を見て口元に笑みを浮かべる。
「さて、それじゃ次の教室へ行きましょう」
私はアニータとリゼに声をかけると、皆でその場を後にした。
風に乗って聞こえてくるメラニーの笑い声を聞きながら――
****
あれから数日後――
フリッツとメラニーの仲は相変わらずだった。
休み時間は2人で一緒に過ごしている様子を度々目にするも、親しげに会話をしているだけで恋人同士のような雰囲気は無かった。
今日もフリッツとメラニーは中庭のベンチで話をしている。
私はそんな2人の様子を少し離れた場所で柱の陰から様子をうかがっていた。
「あんなに楽しそうにして……一体2人は何の話をしているのかしら?」
段々フリッツに対して、怒りがこみ上げてきたその時――
「あら? ロッテ。こんなところで何をしているの?」
「ひゃあぁあっ!」
突然背後から声をかけられ、妙な悲鳴を上げてしまった。慌てて振り向くと、私のあこがれの先輩、アリシア・フリーゼ様だった。
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら?」
「い、いえ。大丈夫です。ほんの少し驚いただけですから」
ドキドキする心臓を押さえながら返事をした。
アリシア様は私より1学年上の先輩で、容姿端麗、成績優秀な素晴らしい女性。しかも女性でありながら生徒会長を務めている。
本来であれば私のような凡人が、雲の上の存在であるアリシア様とでは話が出来る立場にはないのだが……私にはある特権があった。
それは私達は幼馴染という特権だ。
「ところで、ロッテ。こんなところで一体何をしているのかしら?」
まずい!
アリシア様に私が覗き見してたことを知られるわけにはいかない!
「い、いえ。ついさっき、庭を美しい蝶が飛んでいたので見ていただけです。でも、もうどこかへ飛んでいってしまったので今更探しても無駄ですよ」
何とか、中庭から目をそらさなければ。
「そうだったのね。でも久しぶりにロッテに会えて嬉しかったわ。卒業すれば、中々会うことも叶わなくなるし……そうだわ。卒業式を終えれば、私も暇になるからまた家に遊びにいらっしゃいよ。フリッツと一緒に」
「え!? そ、そうですね!」
フリッツの名前が出てきて心臓が飛び出しそうになる。
きっと、生徒会長として最後の大仕事で忙しくしているアリシア様は知らないだろう。
フリッツとメラニーの噂話を。
何しろアリシア様は昔から噂話を全く気にもとめない女性だから。
「それじゃ、生徒会の仕事がたまってるから行くわね」
「はい。お仕事頑張ってください」
アリシア様は笑顔で手を振ると、去って行った。
その後姿を見届けると、私は再びフリッツとメラニーの様子を伺った。
2人に対して、密かに湧き上がる怒りを押さえながら――
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