第一話 遺跡

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第一話 遺跡

 夏美の案内に従い、駐車場に向かう。  目的の車のそばにたどり着く。  大きい車だな、と真冬が考えている間に、青年が下りてきた。 「ブエノスディアス!」  青年は快活に挨拶をしてくる。  真冬は、ぽかんとしている颯真たちに「こんにちは、って意味です」とささやく。 「ブエノス……ディアス?」  ぎこちなく、みんなが挨拶を口にした。 「あはは。事前に言っていたように、彼がリカルド。ガイドさんよ」  夏美がリカルドを紹介してくれる。  旅行社が手配してくれたのは往復の飛行機とホテルだけで、あとはフリープランとなっている。現地ツアーを頼むぐらいなら自分に任せてくれと夏美が言ってくれたからだ。  しかし夏美は仕事があるので、ずっとガイド役としてついてこられない。  夏美の大学は夏休みに一般人向け講座を開いており、夏美はその講師陣のひとりに選ばれているのだ。  エスメラルは日本人にはマイナーな旅行先なので、日本語ガイドが少ない。くわえてオンシーズンのため日本語ガイドがつかまらなかった。  そのため夏美は英語ガイドのリカルドを手配してくれた。  英語なら、ある程度は真冬以外のみんなもわかる。  リカルドは夏美の友だちが勤める旅行社で働くガイドで、夏美も彼のことはよく知っている。  信頼できる人物だと夏美が請け負ってくれたので、真冬も安心している。  じっ、とリカルドを見上げる。  褐色の肌に、肩まで伸ばされた黒い髪。目も夜空のように黒い。  しかし、一般的な中米人とはどこか違う気がする。  顔立ちがエキゾチック――とでも言えばいいのだろうか。日本人より彫りは深いが、テレビやネットで見る中米人よりあっさりした顔立ちをしている。 「さ、暑いから車に乗りましょう。みんな、疲れてるでしょ。話は車内でもできるからね」  夏美がからりと笑い、みんなを促した。  スーツケースをトランクに入れてもらい、エアコンの効いた車内に入るとホッとする。  運転席にリカルド、助手席に夏美が座る。  その後ろに真冬が座ると湊が隣に「失礼します」と断って乗ってきたので、安堵した。  一番後ろの席に颯真と沙友理が座る。 「じゃあ、出発ー!」  夏美の元気のいい声と共に車が発進する。 「みんな、お疲れ様! ホテルまで結構かかるから、少し寝ててもいいよ。がっつり寝ないで、軽くね。深く眠ったら、時差ぼけになっちゃうから」  夏美に声をかけられ、難しいことを言う……と思いながら、真冬はぐったりとして窓にもたれかかる。  いつしか車内は寝息で満たされ、夏美とリカルドが小さな声で交わすスペイン語だけが聞こえてきた。  真冬もまどろみ、しばし浅い眠りに身を委ねた。  到着したホテルは、遺跡にほど近いこぢんまりとしたホテルだった。  全員のチェックインを済ませたところで、ロビーで夏美が声を張る。 「今日はホテルでゆっくり休んで。遺跡には、明日案内してあげるから。なにかあったら、真冬。いつでも連絡してね」 「うん」  後半は真冬に向けて告げ、夏美は手を振ってリカルドと共に去っていった。 「さあて……じゃ、引っ込みますか」  颯真のつぶやきを合図にして、それぞれの部屋に向かった。  真冬は部屋に入るなり、あたりを見渡した。  ひとりだが、シングルの部屋はないのでベッドが二つある二人部屋である。  湊も真冬と同じようにひとりで部屋を使う。  颯真と沙友理はカップルなので、同じ部屋だ。 「疲れた……」  真冬は服を脱ぎ、早速シャワーを浴びた。  お湯を出しているのにぬるい水としか言えないシャワーに打たれ、真冬はぼんやりする。  最初は「夕食は夏美たちと一緒にレストランに食べにいく」という案だったのだが、部員が全員疲れすぎていたので「ホテルの近くのスーパーで食べ物を買って部屋で食べる」案に変更された。  夏美に「時差ぼけになっちゃうから、ホテルに着いたらベッドで寝ちゃだめだよ」と言われている。  しかし、シャワーを浴びているだけでも、寝てしまいそうだ。  シャワーを浴び終え、部屋着に着替えてドライヤーで髪を乾かす。  空腹が耐えがたかったので、スーパーで買ったサンドイッチとペットボトルのオレンジジュースをカバンから取り出す。  ベッドに座って、固いサンドイッチを頬張り咀嚼し、オレンジジュースで飲み込んだ。  スマホを見ると、まだエスメラル時間で十六時だ。 (まだ……寝ちゃだめ)  そうは思うのに、ベッドの誘惑に負けて真冬はベッドに入ってしまった。  ハッとしたときには、もう午前二時だった。 (うわあ、やっちゃった)  後悔するも、もう遅い。  寝直そうとしたが、寝付けない。完璧に時差ぼけになってしまった。  喉が渇いた。  スーパーで買った水もオレンジジュースも、もうない。  エスメラルの水道水は飲んではいけないと夏美に言われていた。  このホテルに、ウォーターサーバーのサービスはなかった。 (もっとお水、買っておくべきだった)  後悔しながら、真冬はベッドから這い出た。
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