第一話 遺跡

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 ホテルのレストランに行くと、既に部員が席に着いていた。  朝食付きプランなので、朝食を買いにいったり食べにいったりしなくていいのは気が楽だ。  よくあるビュッフェ形式で、レストランの片隅に銀色の容器に入った食べ物が並べられている。 「おはよう……ございます」  真冬が部員のところに行って頭を下げると、颯真が破顔した。 「真冬、おっはよー!」  異国でも、やたら元気だ。  この調子では、颯真は時差ぼけではないらしい。  一方、沙友理はむすっとして腕を組んでおり、湊は青い顔をしている。  このふたりは時差ぼけになったに違いない。 (私もひどい顔をしてるんだろうな)  ぼんやり考えていると、颯真が立ち上がって真冬の背を叩いた。 「さってと、飯にしよう飯! 一応、全員そろうのを待ってたんだよ」 「え……ご、ごめんなさい」 「いや、真冬は遅れてないよ。俺たちが早く来ただけ。沙友理、お前の分は俺が適当に取ってきてやるよ」  颯真の申し出に、沙友理は「よろしく」とつぶやきテーブルに頬杖をついていた。 「行こうぜ、湊も」 「はい」  湊も立ち上がり、三人は朝食を取るべく歩きだす。  真冬は大きな皿にフライドポテトにナゲットとパンを載せ、オレンジジュースをグラスに汲んで席に着いた。 「……あんた、揚げ物ばっかりね」  沙友理に呆れられ、真冬は頬をかく。 「朝から野菜取る気になれなくて」  野菜は大嫌い、というほどではないが、好きではない。  そんな好きでもないものと朝から向き合いたくない、というのが真冬の密かな朝食への思いだった。 「朝っぱらから、揚げ物のほうが嫌でしょ」 「そうですかね?」  初めて沙友理とまともな会話が成立している気がする、と思いながらオレンジジュースを口に含む。  ふとあたりを見渡す。  真冬たち以外にも客はいたが、数えるほどだ。  七時台というと朝食には人気の時間帯のはずだが……。 (やっぱり、あんまりお客さんがいないみたい)  日本以外も、サマーバケーションのシーズンで、ホテルからするとかき入れどきだろうに。  真冬が揚げ物をもぐもぐ頬張っている間に、颯真は二往復して沙友理の分の食事も取ってきた。  自分の分も沙友理の分も、プレートに盛られた料理はバランスがいい。  あらためて颯真の如才のなさを痛感する。  湊はポテトサラダとサラダとパン、という真冬とは真逆のプレートにしていた。 「ねえ、颯真。このホテル、大丈夫ー? 昨日から気になってたけど、お客さんあんまりいないじゃん」  沙友理の言葉にぎくりとして、あたりを見渡す。  マヌエルはいない。そもそも、彼には日本語がわからないから大丈夫か……と思い直して、真冬は力を抜く。 「大丈夫だろ。それに結構きれいでいいじゃん。旅費が抑えられたのホテル代を抑えたからだって、真冬が言ってたし」  そう。叔母の推薦に従ったのは、単にこのホテルにすると空港近くのホテルやビーチ近くのホテルよりは安く済んだから――という理由もある。 「俺はこういう、隠れ家的なホテル好きだぞ。なあ、湊」  いきなり水を向けられ、湊は「そうですね……」と曖昧な笑みを浮かべていた。  朝食が終わり、それぞれの部屋に一旦引きあげる。  真冬は日焼け止めを念入りに塗っておいてから、ロビーに向かった。  約束の九時より前だったが、既に夏美とリカルドはロビーで待機していた。 「あ、真冬。おはよう! ……その顔じゃ、よく眠れなかったみたいね」 「……時差ぼけになっちゃった」 「あらあら。他のみんなも、かな」  夏美が真冬越しに、やってきた部員を見やる。  今日はせっかく、遺跡――【月の集落】観光だというのに、コンディションは最悪だ。――颯真を除いて。 「おはようございます、夏美さん!」 「おはよー颯真くん。爽やかね! その様子だと、よく眠れたみたいね」 「はい! 俺、時差ぼけになりにくい体質なのかも。昔、家族で海外行ったときも俺ひとりだけピンピンしてたんですよ」  羨ましすぎる……と思いながら、やたら元気な颯真を振り向く。  沙友理と湊は「おはようございます」と小さな声で挨拶をしていた。 「真冬。あんた、その髪、絶対に暑いわよ」  夏美は呆れて、真冬の髪をいじってきた。  あっという間に、ふたつの三つ編みができあがる。 「あら、かわいくなった」 「本当だ。すっきりしていていいですよ、真冬先輩」  夏美と湊に褒められたが、真冬は取り巻く髪がまとめられてしまい、落ち着かない。 「ま、太陽の光に当たれば少しはマシになるでしょ。みんな、行こう!」  夏美は元気いっぱいの様子で、拳を突き上げた。
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