第一話 遺跡

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 車で【月の集落】に向かう。みんな、昨日と同じ位置に座った。  車内で、夏美は簡単に遺跡について説明すると申し出てくれた。 「【月の集落】は紀元後九百年ぐらいの遺跡なの。月の動きを観測していたと思しき石碑が発見されて、生活のあとも見られたから、この名前が付いたのね」  真冬は予習として調べてきたので知っていたが、叔母の講釈を聞くのが好きなので耳を澄ませて聞き入る。 「ここで質問。みんな、マヤ文明についてはある程度知ってる?」 「少しは調べてきたんですけど、ごっちゃになっちゃって。マヤとアステカとインカがどうも、俺のなかでかぶっちゃうんですよねー」  颯真が正直に答える。 「わかるわかる。私も昔、全部いっしょくたにしてた。まず、インカは南米で、マヤとアステカは中米。これは覚えてね! インカはマヤとアステカとは遠く離れているの。ペルーあたりがインカって言えばわかりやすい? 有名なマチュピチュはインカ」  へえー、と颯真と湊が相づちを打つ。 「マヤとアステカは、繁栄した時代が違うって覚えたらわかりやすいかな? マヤのほうが前で、アステカが後。新大陸発見で滅ぼされたのはアステカ王国。マヤ文明とアステカ文明はかなり共通点があるけどね。あと、マヤは都市国家でアステカは王国というのも大きな違いかな」  夏美の口上は止まらない。 「ただ、中米の文明は単独で語れないのよ。マヤもアステカもテオティワカンも相互に栄光し合っていた」  さすが、専門家なだけはある。楽しそうだ。 「テオティワカンってなんですか?」  颯真が不思議そうに尋ねる。 「あ、そっか。テオティワカンは、知らないひと多いわよね。テオティワカン文明は、マヤともアステカとも違う文明よ。まだわかっていないことが多くて、言語も民族も不明。でもマヤの国家に大きな影響を与え、テオティワカンの廃都を発見したアステカ人に崇められた。だから、中米の歴史を語る上では外せない文明ね。……まあ、マヤともアステカとも違うテオティワカン文明があったという事実だけでも覚えておいて」  夏美の説明に、颯真が「はーい」と良い子の返事をする。 「マヤは都市国家だったんですね。都市国家だと、ギリシャのアテネやスパルタみたいな?」  颯真の質問に、夏美は大きくうなずく。 「そうそう、近いと思う。アテネとスパルタも戦争してたでしょ? マヤの都市国家間でも戦争は多かったのよ」 「へーっ!」  夏美の説明を聞き、颯真が感心する。 「あの……マヤとアステカは民族が違うってことですよね?」  意外なところで湊が話に入ってくる。 「そうそう。言語も違うし。マヤ人はマヤ語、アステカ人はナワトル語」  ここで夏美は人差し指を立てて振った。 「よく勘違いしているひとがいるんだけど、マヤ人は滅びていないの。純血のマヤ人が、ここエスメラルにもたくさん住んでいる。――なにを隠そう、こちらのリカルドくんはマヤ系エスメラル人とエスメラル人のハーフなの!」  後半を言い切ったあと、夏美はスペイン語でリカルドにささやく。  リカルドは片手を挙げてみせた。バックミラーに、爽やかな笑顔が映る。 「それじゃあ……リカルドさんはマヤ語がしゃべれるのですか?」  真冬はスペイン語で彼に質問した。 「しゃべれます。マヤ人の暮らす村で育ったから」 「そうなんですか」  真冬は驚き、黙り込む。  さすがにマヤ語は勉強したことがない。未知の言語だった。 「おい、真冬、なにを話したんだ?」  颯真に問われ、会話の内容を説明する。 「マヤ語って残ってるんだ? それじゃあ、なんで解読できてないんです? マヤの絵文字ってたしか、まだ全部は解読できてないですよね?」 「マヤ文字は難解なのよ。一度放棄された文字だし、古代のマヤ語と現代マヤ語は違う――という理由もあって解読が進まず、完全な解読ができていない。でも、だいぶ研究が進んでいるわ」 「へーっ。まあ、それもそうか。俺も平安時代のひとと会話しろって言われても無理だもんな」  颯真の冗談に、リカルド以外のみんなが笑う。  夏美が丁寧に颯真の冗談をリカルドに訳したところで、車は遺跡近くの駐車場に着いた。
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