第二話 殺人

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第二話 殺人

 ハッと気がついて起き上がり、ベッドに放り出したスマホを取って時刻を確認する。  ――午後五時。  まだ六時でなくて安心したが、ずいぶん眠ってしまったと悔いる。  ホテルに帰ってきたのが、午後三時ぐらいだった。 (二時間も寝ちゃった)  真冬は座って、スマホをいじる。  郁からのラインが届いていた。 『真冬、返信ないけど……怒ってる?』  真冬は淡々と返事を綴った。 『怒ってない。ごめん。疲れてて、返事できなかった』  しばらく画面を見つめていたが、既読にならない。  今、日本は朝のはず。郁は寝ているのだろう。  真冬は座っていても眠り込んでしまいそうなほどの眠気を覚えたので、ベッドから下りた。  眠気ざましに真冬は部屋から出てホテルを散歩する。  階段を下って、ロビーに向かう。  ロビーに客はいなかった。  カウンターの向こうから、スタッフが英語で呼びかけてくる。 「どうかしましたか?」  真冬は戸惑いながらも、カウンターに近づく。  名札を見て、彼が支配人だと知る。 「あ……いえ。ちょっと、散歩してただけです。時差ぼけで、眠すぎて」  真冬の答えに、支配人は屈託なく笑う。  副支配人のマヌエルがすらっとしていたのに対し、支配人はずいぶんと恰幅がいい。  年も三十代と思しきマヌエルより二回りは上だろう。  どことなく、ひとのよさそうな顔をしている。 「夏美さんの姪御さんでしたね」 「はい。真冬といいます」 「私はアレハンドロです。どうぞよろしく」  手が伸ばされたので、真冬も手を伸ばして握手した。  ふくよかな手だった。 「日本との時差はずいぶんありますからね。眠いでしょう。よかったら、コーヒーでもどうですか」 「あ、ぜひ」 「ソファに座っていてください」  促され、真冬はロビーのソファに座る。  アレハンドロがカウンターの後方にある扉を開けて、誰かに指示を出す。  ほどなくして、女性スタッフが紙コップに入ったコーヒーを真冬のところまで持ってきてくれた。 「ありがとうございます」  スペイン語で礼を述べると、彼女は目を見開いたあと、微笑んだ。 「どういたしまして」  彼女はスタッフルームに戻っていった。 「そういえば、スペイン語もお上手なんですってね。夏美さんが自慢してましたよ。天才の姪なんだって」  アレハンドロにスペイン語で話しかけられ、真冬は「いえ……たしかに、語学は得意なほうなんですけど」ともごもご答える。  真冬は温かいコーヒーを、そっと啜る。酸味が強くて少し薄いコーヒーだった。  コーヒーを飲んだあと、自室に戻る。  スマホを確認したら、郁からの返事が届いていた。 『よかったー。エスメラル、どう? また帰ったら感想聞かせてね!』  そんな郁のメッセージに、くまが「OK」と指を立てているスタンプで返す。  その後は、テレビのニュースを観て飲み会までの時間を潰した。  マフィアの抗争が激化しているので市民は注意されたし……といった報道内容に、真冬は眉をひそめる。  エスメラルに着いてから今まで、あまり危険は感じなかった。  それは、観光地を中心に行動しているからなのだろう。 「どこの国もそうだけど、スラムはもちろん町の裏路地には絶対に入っちゃだめだからね」  と、エスメラルに着いてすぐ夏美に厳重注意されたことを思い出す。  エスメラルだけでなく中米全般に言えることだが、麻薬の使用が蔓延しており、麻薬の取引が盛んである。  麻薬はマフィアの大きな資金源になっている。  マフィアは自分のシマを巡り、他のマフィアと争う。  エスメラルでは大麻の使用は違法だが、夏美によれば「かなりゆるい」らしく、バーで飲んでいたら普通に煙草のような大麻が回ってきたことがあったとか。  テレビを眺めてぼんやりしているうちに、六時になった。  真冬はテレビを消して、ベッドから下りた。  颯真と沙友理の部屋に、真冬と湊もお邪魔する。  沙友理は少し眠れたのか、顔色がマシになっていた。  颯真と沙友理は沙友理のベッドに、真冬と湊は颯真のベッドに座る。 「じゃあ、旅にかんぱーいってことで!」  颯真の音頭で、みんなはグラスを合わせる。 「中米といえばテキーラっしょ」  という颯真の提案のもと、一杯目はテキーラ。  それもなにかで割るのではなく、ショットで。紙コップに注いだテキーラに、ライムを絞るだけ。  全員が同じタイミングでコップの中身をあおる。 「ぎゃあ! こりゃあ、きっついな!」  コップを下ろし、颯真が笑った。  そこから先の記憶は、曖昧だ。  次にビールを開けた気がする。  適当に買い込んだ食料も、スナック菓子も食べて。  なにを飲んだのだろう。なにを食べたのだろう。  歪んだ視界に笑い、真冬は猛烈な眠気を覚えて眠った。
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