第2話 魔王さま、それは無茶ってもんです。

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第2話 魔王さま、それは無茶ってもんです。

 イアレウス魔城楽団長という地位を仰せつかったは良いが、先ず何から手を付ければいいのやら。  但し、魔王さまから力を授かったおかげもあり、この異世界の輪郭は朧気ながらも頭の中にイメージが出来ていたし、モンスター達の言語もある程度は理解し、意思の疎通が出来るようになっていた。  少なくともおおまかな文化形態、そして音楽に関しても、元の世界と大きな違いはなさそうである。  兎も角、曲を作るなら楽器が要る。流石にパソコンなんてものは無い上に、俺自身が得意とする楽器がある訳でもない。しかしそれでも、ギターの一本でもあればなんとかできるはず……。    俺の案内を引き受けたのは、動く骸骨、スケルトン。もうこの辺でいちいち驚くのはやめようと早くも決意した。もうどうにでもなれだ。  だだっぴろい保管庫には、魔城に乗り込んできた人間の勇者たちを魔王さまが返り討ちにし、奪った武具や財宝が山と積まれていた。その数は百や千ではない。  魔王さま、すっごくお強いんですねえ……。世界を支配するに足る実力と残忍さをお持ちになれているようですが、それにしては俺への扱いはかなり適当である。 「楽器を探したいんだけど、判る? 楽器。が・っ・き!」  所狭しと散乱する品々の中から、目当てのものを探すのは骨が折れそうだ。その点では俺よりも折れやすそうなスケルトンにも手伝いを頼むと、彼(?)は、こつこつと首を縦に振り、応じてくれた。    最初に手渡されたのは、血塗れのバイオリン。  元の持ち主はどうなったんですかね?  スケルトンの頭部がカタカタと揺れる。多分笑ってる。  そして、殆ど一日を費やし、破損の酷いものも含めて、いくつかの楽器を集める事が出来た。バイオリンを始めとした弦楽器……ビオラやチェロ、コントラバスや、金管、木管等々、オーケストラに用いられる様な楽器は一式揃えられたはず。ピアノがあればかなり楽が出来たのだが、残念ながら見つけられられなかった。  中には一本のアコースティック・ギターもあった。弦は錆びついており、六弦ではなく、五弦の知らない様式のものだが、基本的な構造は同じで、これならとりあえず音を取る主力に出来る。楽曲製作の第一歩を踏み出せそうだ。  しかし、よくよく考えると、魔王さまがどういう曲をご所望なのか、この時点では全然知らない。すごくアバウトな発注だ。せめてどういう感じかイメージを教えてもらわなければ。  居室として用意された不気味な寝室の、真っ黒なシーツのベッドに横たわり、この異世界において生き残る為に、俺が現時点で扱える唯一の武器、ギターを抱え。  懐かしい歌のコードを鳴らし、旋律を口ずさむ。  どうしようもない事態の中でも、歌があれば少しは安らげた。  ようやく落ち着いた俺は、そのまま異世界生活、第一日目の眠りについた。 ―――――――――――――― 「――で、魔王さま。どのような曲がお好きなんですか」 「ふむ、やはりケットウルヴの第四楽章だな」 「固有名詞はやめてください」  翌日、魔王さまに接見を申し出ると、あっさりと許可が下りた。意外と暇らしい。  曲の好みを聞き出そうとしたのだが、異世界の全く知らない単語を出されてもこちとら訳が判らない。ケットウルヴとやらは魔界では有名な悪魔で、ある人間の音楽家に乗り移って、聞く者の精神を破壊する魔曲を世界に解き放ったとか、そういう逸話をたっぷりと聞かせてくれたが、今の俺に必要な情報はそんなんじゃあない。 「そうだな……やはり、荘厳な始まりが良いだろう。余の強大な力と、恐るべき威光を体現するような……魂が震えそうなやつ」  魔王さまの発注は一時が万時、こんな感じだった。  それに、楽器の修理など、解決すべき事柄も沢山ある。 「そう言えば、思い出したぞ。余に挑みにやってきた人間どもを捕らえて、地下牢に放り込んである。この世界の人間どもの楽器や音楽について、何かしらの情報を得られるのではないか?」 「そーゆー事はもっと早く言ってくれません!?」 「す、すまない」  声を荒げた俺に、魔王さまが申し訳なさそうに謝った。    もうどうにでもなれと、こちらから色々と注文を掛けると、割と素直に応じてくれている。若干押しに弱い所があるらしい。 ―――――――――――――――――  暗く、長い階段を降り、地下牢へと向かう。  牢守だろうか、槍を携えた爬虫類っぽい獣人が、通り過ぎる俺をじろりと見て、舌をぺろりと出した。  とても長く、無限に続いているかの様な廊下に並ぶ石牢には、誰も収監されていない様にも見えたが、よく見てみると、幾つかの牢の奥には人骨が散らばっていた。酷い話だ。  奥の壁には、石の欠片で削ったらしい「アーベンクルトに栄光あれ」の文字が刻まれてある。魔王さまが言っていた国の者なのだろう。  そして、程なく、生きている人間を見つける事が出来た。女の子だった。 「あのう……すいません」  膝を抱えて寒そうにしていた女の子が、虚ろな顔を上げ、こちらを見る。  俺の姿を認めると、表情が一気に明るくになり、嬉しそうに顔を上げた。 「……! よかった、助けに来てくれたのね……!」
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