第7話 魔王さま、こんなはずじゃないんです。

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第7話 魔王さま、こんなはずじゃないんです。

 そして、程なく俺の『初陣』の日が訪れた。  アーベンクルト王国からまた新たな部隊が進発、接近中との報を受け、魔城楽団は色めき立つ。遂に魔王さまの前で演奏を披露し、その戦いに彩りを添える檜舞台にたつ時がきたのだ。  一方で俺は動揺していた。編曲は一通り終えたものの、まだまだ完成とは言い切れない。魔王さまに、試しにお聞かせしようと準備していた矢先の事だった。  楽団員たちが盛り上がり、控室でいそいそと楽器の用意や調律に勤しむ中、一人、緊張感で吐きそうになっている俺に、トロンボーン担当、ミノタウロスのミノットさんが、野太く優しい声で俺を落ち着かせようとしてくれた。  上半身が、牛だもの。肺活量がすごそうっていう理由だけで任命したミノットさんの角は一本折れている。人間との戦いでやられたとのことだ。 「詫歌志よ。そう硬くなるな。誰しもが初めてを経て、経験を刻んでいくものだよ」  なんという渋い声。コーラス隊のテノールを任せた方が良かったかもしれない。    人選……牛選? のミスはともかく、作った曲を大勢の前で公開するという重圧に、突然の不安を抱き始めた俺は、それでも尚、恐れを拭い去りきれない。今度の客は十数名も居るらしく、俺の作った曲を聴いて笑われないかどうか、奇妙な心配が湧き上がっていた。どうせ死ぬ連中なのにね。 「わあ、それ恰好良いよお、いいなー!」  ぱたぱたと羽ばたいて頭の上を旋回するハル子が、俺の服装を褒める。魔王さまから賜った『楽団長服』で、黒地の霊布に、様々な刺繍が入った豪華な礼服だ。  そういうハル子は殆どはだか。薄青色の羽毛が軽く覆う裸体に、蝶ネクタイだけをしている。緊張から来る嘔吐感と共に、特殊な嗜好が生まれそうだった。これはよくない。いや良い。良いからよけいに良くない。 ―――――――――――  玉座の間の奥部の一角に設けられた、楽団が陣取るスペースには特殊な結界が施され、例え魔王さまが大暴れしようとも、楽団に被害が及ばない様に配慮されていた。  さすが魔王さま、ぬかりない……いや、気配りは忘れない。  そんな結界で城そのものを守れば良いじゃんと言うのは身も蓋もない。  魔城楽団(おれたち)のスタンバイが終わり、魔王さまの御成り。  黒地に紫銀の紋様が刻まれたマントを優雅に翻し、ゆっくりと歩いてくる様は見事の一言に尽きる。そして玉座に座り、首を傾げた余裕たっぷりのポーズで今回の『客』を待ち構えた。  魔法を込められた指揮者棒(タクト)を握る手が汗ばみ、震える俺に引っ張られる様に、整然と座り並ぶ魔城楽団(モンストロケストラ)の緊張も高まってきているのが判った。  そして、いよいよ刺客の団体さんが玉座の間にどやどやと入って来た。  剣士、弓兵、槍兵、魔導士、虎。……とら? ああ、ビーストテイマーって奴?  十四だか十五人プラス一匹の、混成部隊が今回の討伐隊の模様。 「……魔王、イアレウス!今日こそお前を」「よくぞここまで」  省略。  例のやりとりが交わされる間、楽団(おれたち)の緊張は最高潮に達していた。  俺達の姿は、玉座の間の奥、薄闇に隠れており、討伐隊からはよく見えない……というか存在を認知されていないらしい。要するに、背景みたいな扱いだ。  というか何を切っ掛けに始めればいいのこれ?  エンカウントできっちりと音楽が始まるのはプログラムがあってこそだよね……。  タイミングを見計い、今か今かと身構える楽団(おれたち)。 「ほっほっほ……二百年ぶりじゃの、イアレウス。ヴォラ峡谷で戦って以来かの」  如何にも魔導士、といった感じの三角帽子を被り、白くて長い顎鬚を垂らした、緑色のローブを纏った老齢の男が進み出て、柔和な微笑みと温厚な口調で昔話を始めたので更にじりじりした。 「……?」  老魔導士とは何らかの因縁があるらしいが、魔王さまは一介の人間の事などいちいち覚えておく様な、ちっこい器ではないのだ。 「………」  皮肉や挑発ではなく、ガチで覚えてないので困り顔をする魔王さまが。 「忘れたとは言わさぬぞ。あれからワシはエルフから秘術を授かごぎゅッ」  指を鳴らすと、老魔導士の身体がぐしゃっとひしゃげ、バッキバキに折れて捻じれて潰れたので、俺はびっくりした。これはひどい。  何がひどいかって、老人の凄絶な末路はともかく、それ以上に、魔王さまが突然、をおっ始めた事に焦ったのだ。慌ててタクトを振り上げ、同様に動揺している楽団に、演奏を構えさせる。 「ぎ、ギダルフさまー!」 「よくもギダルフさまをー!」  例によって、怒りに燃える兵団が一斉に武器を構え、戦闘が始まる――。  ――今だ!  タクトを鋭く振り下ろし、Am-5(エーマイナー・フラットファイブ)のフォルテッシモを決める。最初はガツンと!不気味感と言えばこの音!そしてゆっくり重低音から高音へ駆けのぼるフレーズ。威圧感と恐怖を演出……!  とはいかなかった。  初めての大舞台に、モンスター達もとんでもなく緊張しており。    トロりんのティンパニはすぎてテンポが速すぎるし、ミノットさんのトロンボーンは気合が入り過ぎて他の音を掻き消しまくる。スケルくんのバイオリンは相変わらず上手すぎるのだが、逆に浮いておかしい事になってる。 「な、なんだあっ!? この雑音は!」 「何らかの精神魔法攻撃か!」 「こ、こんなおぞましくて微妙な出来損ないの音楽があるなんて……!」  魔王さまに攻撃を仕掛けようとした討伐隊も驚き、戸惑う。酷い言われようだ。  で、魔王さまも呆れた様に首を振り、溜息を吐いた。  ドンドンパープー。ブアーボヨヨーン。  違う。違うんです魔王さま。練習ではちゃんと上手く行ってたんですよお!
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