第8話 魔王さま、がっかりさせてごめんなさい。

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第8話 魔王さま、がっかりさせてごめんなさい。

 一旦始まった演奏(せんとう)を仕切り直す訳にも行かず。俺は情けなさに半泣きになりつつも、それでもなんとか立て直そうと必死にタクトを振った。  一方で、突然鳴り響いた戦闘曲『のようなもの』に戸惑い、立ち尽くしていた討伐隊の只中へ魔王さまが飛び込み、強力な爆裂魔法で全員を吹き飛ばした。  ラスボスの初手は開幕の全体攻撃と相場が決まってる……決まってるよね?  至近距離で爆風を浴びた弓兵の腕が、弓を握ったまま足元に転がってくる。  魔法と剣と矢と虎が宙を舞う大混戦、阿鼻叫喚の地獄絵図をバックに、制御不能に陥った楽団の無秩序な演奏。どちらもが、しっちゃめっちゃかだ。  もうダメだぁ……。  魔法と剣がぶつかり合う音。爆音と悲鳴、断末魔が鳴り止み。    当然、魔王さまの圧勝で終わったのは開幕からおよそ三分後。  ワンコーラスの終了と共に、俺は指揮者台の上でへなへなと崩れ落ちた。  一応、時間はこれくらいだろうという予想が当たった事だけが救いだった。  クソが付くほどの大失態に肩を落としている俺に、返り血を浴びた魔王さまがゆっくりと歩み寄る気配がする。  魔城楽団の皆も、今の演奏は失敗だったと悟っていた。全員が俯き、ハル子などは目に涙を浮かべているし、普段は陽気なヴァンドラでさえも、居たたまれなさそうに銀髪を掻きむしっている。 「魔王さま、ええと、そのお……ホント申し訳ありません」  晩餐を覚悟した俺は項垂れる。  しかし、魔王さまは、俺や楽団の面子を見回すと、返り血をたっぷり浴びた顔でまさかの表情を見せた。僅かに、しかし確かに、微笑みかけたのだ。 「目指しているものはしかと伝わった。そう落胆するな。契約の刻までまだ時間は残されているし、アーベンクルトも次々と刺客を放っている。挽回する機会はまだまだあるぞ」  ああっ、魔王さま……! なんというお慈悲。  そりゃあモンスター達も心酔して当然です。  俺も呪いとか関係なく、この魔王さまに一生ついていこうと思いそうになった。  その直後、(文字通り)無残に散っていった人間たちの皮や骨や髪を使って、楽器の修繕を改造を行え、という命令が下りさえしなければ。  人の血肉や魂を糧にして、能力を高めるという黒魔術的な要素も帯びてきた。  人の命を吸い、美しい音色を奏でる魔楽器の誕生だ。   ―――――――――――――――――――――――――――― 「――てな訳で、ごめん。今日は失敗だった」 「……そう……」  地下牢に囚われているリシャの元を訪れ、語った今回の顛末に、彼女も俺と同じくらいにがっかりしている様子だった。    こんな俺でも、彼女にとっての最後の希望なので仕方がない……。    と、思っていたが、実際はちょっと違った。 「でも、まだチャンスはある。次の戦闘までにもっと練習して、編曲も弄ればきっと――」 「――その度に、また人が死んでいくのね」  使命感に昂る俺を、リシャが遮る。  その表情は、ばらつく栗色の髪に隠れていた。 「仕方ないじゃん。君が助かる唯一の道だし、俺に出来るのはこれしかない」 「その割には、楽しんでいるようにしか見えない」 「それは……」  色々と見透かされた俺は口籠る。  髪から垣間見える、髪と同じ色の瞳は、俺が指揮者服を一丁前に着込んだ風貌に向けられていた。  ……ああそうさ。そりゃ楽しいよ。朝から晩まで音楽に浸る毎日なんて初めてだ。  口に出そうになった本音を飲み込んだ俺は、彼女の眼を見ないようにしながら、現状では一番平和的だろうと思われる解決策を述べてみる。 「……いっそ、一旦降伏してしまった方が良いんじゃない? 言う事を聞いてればそんなに悪い魔王じゃないと思うんだけど」  これは相当な失言で、リシャは掠れた声を荒げる。 「あなた、本当にこの戦争の事を何も知らないのね……!!」  はい。  魔王さまが手短に概略を説明してくれてたけど、あんまり……。    正直、歴史なんかに興味はない。  必要以上の設定に拘るゲームやアニメにはついていけないし、やたら文字数を掛けて作者の勝手な世界設定を延々と垂れ流す小説なんてもっての他だ!  しかし、そうは言っても、ラスボス戦ってのは双方の信念や意地の衝突でもあるし、もっと魔王さまが戦っている勢力の事についても知っておくべきだろう。    アーベンクルト王国とやらの話もしっかり聞き、フレーズのモチーフにすれば、きっと音楽に深みが生まれるはずだよね。うん。  そういう製作上の都合で唐突な質問を始めた俺を、リシャは気持ち悪がりつつも、一つ一つ応えてくれた。取材感覚だ。 「――それで、君だけが生かされてる理由は?」 「……私はアーベンクルト国王の婚外子なの。血統上は第七王女に当たるのかな」  つまりは人質か。  乱暴に要約すると、アーベンクルト国王が第二王子の侍女に手を出した末に生まれた娘らしい。  体裁の為に母子共々辺境に追放されたが、戦争の勃発以降、第二から第四、飛んで第六王子が次々と戦死。現在は老齢で床に伏せる国王に代わり、第五王女がアーベンクルト全軍の指揮を執るが、万が一の為に、一応の王位継承権を持つリシャが呼び戻されたものの、王室内部の政治的謀略の果てに、リシャは前線の決死隊へと配属される事になり、現在に至っている。大変だねえ……。  最初は交渉の手段として捕らえられたはずのリシャだが、魔王さまってば、こと人間の事に関しては無頓着すぎて。今は割とどうでもよくなっちゃってるらしい。  話を聞いていると、リシャのお腹が鳴った。 「……こんなに長く、人と話をしたのは久しぶり」 「ちゃんと食事貰ってる?」 「一応ね。腐りかけのパンや、カビが生えたチーズばかりだけど」  前回会った時より、更に痩せて見えるリシャ。  せめて食べ物だけでも改善してあげたいが、魔王さまに直接進言するとまた痛い目に遭いそうだ。まあ……今なら楽団員に伝手を頼れるかな。 「そういうあなたはどうしているの」  俺? 俺は、新月の呪いを受けて以降、水を飲むだけで絶好調。 「それって……」  リシャの表情に陰が過った。 「あっ」  俺も呆気なく気付いた。  俺、新月を過ぎると、モンスターになっちゃうのかな?  だからモンスターたちと会話が出来る様になってるのね。  そういう呪いかあ。ふーん。
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