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第9話 魔王さま、今度はやってみせます。
魔王さまをあっさり崇拝していたのも、そして今、さほど驚いていないのも。
新月が近づくにつれ、心身共に魔物に近付いているのが原因という事らしい。
多分、モンスターになったら
「さまようしきしゃ 1ひき」
みたいな扱いだ。
見てくれもなんとなく想像できる。すっごい雑魚っぽいビジュアルの。
まあ、死ぬのとそう違いはない。どちらにしろまっぴら御免である。
ただ、魔物化にはもう一つ利点もあった。
自覚してみると、もういちいち寝なくても平気な事にも気付いたのだ。
それどころか、夜になると気分がハイになり、諸々の作業が捗る。
……あれ?転生前とそう変わらないんじゃ……元々夜型だったし……。
ともかく、新月まで、あと二週間。
魔楽器と、新たに得た(気付いた)能力をフルに生かして、魔王さまを称える曲を創り上げる。やる事は変わらないので、この件については深く考えても仕方がないとの結論に達した。合理的かつ戦略的な判断というやつだ。
そうそう、魔楽器の導入は結構な恩恵をもたらした。
並のDTMで扱うプラグイン並の機能がそれぞれの楽器に宿り、様々な音色を自由自在に奏でられるようになるなど、アレンジの自由度がハネ上がったのだ。
その成果はこれから現れる事になるのだが、それはまだ、もう少し後の事である。
具体的にどういった手法で改造が施されたのかは聞かない方が良い。聞きたい?まあ、ほら、その……人間の骨とか皮とか……いろいろね?
――――――――――――――――――
そして、早くも先の大失敗を挽回する機会が訪れる。
魔城の周囲の空域を警戒している飛竜から、次の刺客が既に魔城に向かってきているのとの報告があり、俺は玉座の間を訪れ、魔王さまと軽めの打ち合わせを行う事にした。
一応、俺の魔物化の件についてそれとなく訊ねてみるという目的もあったのだが、その件については、あっさりお認めになられた。
魔王さま自身は、別に俺を謀ろうとした訳ではなく、ただ、言い回しが仰々しすぎて、たまに本人でも何を言ってるか判らなくなりがちなのだ。
その辺もラスボスに相応しいと言えなくはないかもしれない。
「――つまりですね、魔王さまのお力を示すだけではなく、人間たちの決死感とか悲壮感も織り交ぜ、それを魔王さまが退けるという展開にすると、更に魔王さまの御威光が増すと思うわけですよ」
「ふむ、一理ある」
「なので、もう少し、こう、人間たちにも見せ場を作っておやりになられた方がよろしいかなーって」
「余に手を抜けと言うのか?」
「いいえ、相手の力の九を引き出し、十で打ち勝つ。それが本物の強者であると言う格言がありまして」
「良い言葉だな。お前のものか」
「アントニオ猪木です」
聞かれたのでつい答えてしまった。
魔王さまは、常に初手からフルスロットルなので、折角の曲もイントロだけ決着が着いてしまう恐れがあり。せめて盛り上がる部分までは控えてもらう為に、釘を差しておかねばならなかった。
まるでどこぞの演出論の様なやりとりが続く。
言ってしまえば、音楽はあくまも演出の一部であり、魔王さまを本当に輝かせる為には、総合的なプロデュースの必要もあると言えばあるのだが、それを言い出すとキリがないし、違う話になってしまうのでこの辺にしておく。
それに、そこまで素直に言うこと聞いてくれる人でもないもん……。
―――――――――――――――
例によって魔王さまが玉座に座し、楽団の準備の準備も整った。
前回の汚名を濯ごうという楽団の気合は充分だ。
気合が入り過ぎて、ハル子などは大きな目を更に大きく見開き、全身の羽毛が逆立っていたし、ヴァンドラもヴァンパイアにしては血色がやたらと良い。
獲物を待ち構える野獣の群れは、それぞれの得物を携え、今か今かとステージの開幕を待つ。それぞれ興奮状態だ。
「気持ちは判るけど、皆、落ち着こう。ほら、リラックス! 深呼吸!」
前回よりは幾分冷静に構えていた俺に対して、モンスター達はやたらと緊張している。と言うか、殺気立っていると言っても良い。
中でも一際様子のおかしいトロりんへ、指揮者台に立った俺は、身振り手振りで深呼吸を促す。
『ふごご……ふごぉー!』
あまりに勢いのある深呼吸に吹き飛ばされ、第二バイオリン楽列隊のスケルトンたちが、からからと音を立てて総崩れになった。
大変だ。俺は指揮者台を跳び下り、大慌てで近くのモンスターたちと共にスケルトンたちの骨を拾い集め、組み立て直す羽目になった。
てんやわんやである。たぶん、いくつかの頭蓋骨は間違って取り着けたと思う。
だが、スケルトンたちにとっては日常茶飯事の事らしく、お互いの骨を見比べると、手慣れた手つきで交換を始めた。良かった。
そんな騒ぎの最中、遂に今日の刺客さんが玉座の間に姿を現した。
最近は既に開けっ放しになっている玉座の間の扉から、腰まで伸びたストレート・ロングヘアの金髪をたなびかせて、優雅に歩み進んで来たのは、眼帯で片目を隠した、エルフのお姉さんである。耳が尖っているので、多分だけど。
背が高く、おっとりとした風貌で、ローブとも革鎧とも言い難い、独特の戦装束を纏った彼女は、イケメンの従者(こっちもたぶんエルフ)の男二人を付き従え、玉座の間の中央に歩み出て立ち止まると、細かな装飾を施された剣を優雅に抜き、その切っ先を、魔王さまに向けた。
「魔王、イアレウス……この眼の借りを返しに来ましたよ」
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