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第1話 魔王さま、国歌を所望する。
ふと目覚めると、なんか宮殿みたいな所で倒れてた。
昔、美術の教科書で見たような造り。とにかく荘厳。立派。ゴージャス。
床には、いわゆる魔法陣が広がっている。間違いなく転生か何かだこれ。
服装は、昨晩パソコンの前で座っていた時のまま。
趣味のDTM(Desk Top Music=デスクトップミュージック。パソコン等を使用する楽曲の作成編集の総称)に徹夜で勤しんでいたところ、急に苦しくなって気を失った。っていうか死んだ。
状況を把握できる材料は何もない。ぼんやりと光を放っていた魔法陣と同じ様に頭も視界もぼんやりしており、痺れて重い身体を動かす余裕もなかった。
今日は弟の誕生日のはずだった。そんな日にこうやって死んで迷惑をプレゼントしてしまうなんて、なんと弟不幸な兄だろう。そんな事を思ったとき。
どばん!
いかにも重そうな木扉がすんごい音を立てて勢いよく開き、薄汚い緑色の巨人(大きい。四メートルくらいありそう)が、どすどすと足音を立てながら俺に近付いてきた。
『うんがー!』
「あぎゃあぁ!」
咆えた巨人が、人生で最も情けない悲鳴を上げた俺の足を無造作に掴み、ひょいと持ち上げられる。
食われる! 食われるのか! 食
しかし、巨人は部屋の外へ俺を運ぶだけだった。
宙吊りにされて頭に血が昇り、更に上下左右に激しく揺られるものだから、もう何が何やら判らない。安物の眼鏡がふっ飛ばない様に抑えるのが精一杯だ。
ふと揺れが止まり、身体が宙を舞い。
次の瞬間、背中から石床に叩きつけられた。
「う、お、おおぅ、おおお……」
「――ふむ、こいつがそうなのか? 如何にも阿呆丸出しの面をしている……体格も貧相だし、それに何だ、その頭は。だらしのない黒髪。衣も安普請で、短調な色彩と陳腐なデザイン……」
悶絶してのたうち回る俺を、落ち着いた低い声で罵倒するのは、
「余は大魔王、イアレウス。二百の国を手中に収めた、最強の魔王だ」
自分で最強と名乗っちゃうタイプの魔王さまだった。
俺はへたりこんだまま、ずれた眼鏡をかけ直し、その姿をしっかりと見る。
ドぎつい紫の長髪から、尖った角とか耳が飛び出していて、例え名乗らなくても、あ、このひと魔王、魔王ですこのひと。と理解しただろう。一見、細身のハンサムな優男に見えるが、黒いローブを羽織り、趣味の悪い玉座に座り、頬杖をつく姿は、威厳があるような、滑稽なような。
いかにもな風体を訝し気に見ている間にも、イアレウスの大仰な台詞は続いていた。
「――そして、十年に渡る戦の末、残る人間どもの国、アーベンクルト王国を陥落せしめれば、いよいよ世界の全てが余のものとなる」
はあ、世界征服ですか。大変ですね。
「遂に、余の悲願である、魔と闇が統べる、永遠の魔都が生まれるのだ。そしてお前は、余の国に相応しい讃美歌……国歌を作れ。それにより、余の国は真の完成を迎える……」
「……マジで言ってんですか?」思わず声が出た。
「余は冗談など申さぬぞ」
魔王さまは真顔で呟いた。
「断れば余の晩餐だ。勿論、曲の出来に余が満足せずともだ」
ああそうですか。人を食うタイプの魔王ですか……。
いや、それよりも。
「ええと、幾つか質問をしても?」
「ふむ、申せ」
「まず、何で俺なんでしょう」
「そんな事は知らん。運命の魔法陣がお前を導いたのだ」
「そんな雑な理由でえ……」
もう、突っ込みを内心に留めていられない。
「それに、その……作曲に使う機材、っていうか道具……楽器とかはあるんですか」
「人間どもから奪ったものを、保管庫に大量に収めてある。弾き手が必要なら我が配下を使うがよい」
魔王さまの視線が促したので、俺は周囲をぐるりと見渡してみる。
周囲の暗がりには、大量のモンスターがひしめき、俺達の会話の一部始終を伺っていた。その大半は、何処かで見た事があるオーソドックスな奴等だ。
いやいやいや。殆どの連中は、どう見ても楽器を扱える様な手をしてない。
「余が満足する曲を完成させた暁には、お前の望みを叶え、元の世界に還すと約束しよう」
「ほんとですか。騙そうとしてません?」
「万魔の軍団を率いる者として、契約は違わぬ」
思ったよりは話が通じそうだ。この状況ではこのイケメン魔王を信じるほかない。
「判りました。やります、やりますよ……」
「それは重畳。では、契約の儀だ。近こう寄れ」
俺がおずおずと近づくと、魔王さまは俺の胸に手をかざす。
「……つ! 熱い、あつッ!! 熱いですこれ! 何これ!」
「喚くな」
身体を青い炎が舐め、服が焼け焦げ、左胸に焼ける様な激痛が走る。心臓の上に魔法陣が浮かび上がった。
うん、呪いか何かを掛けられたんだね。
「正名を申せ。それで痛みは消える」
「あっ、荒上原っ……詫歌志(あらかみはら たかし)っ……!」
歯を食いしばりながら名を告げると、炎と痛みが消える。
「これで貴様は、魂を対価に我が軍の楽団長としての地位と力を得た。しかしその運命と力は、次に月が光を失った時、共に消えるだろう。そうなりたくなくば、死力を尽くし、余を満足させてみせよ」
つまり、次の新月までに曲を完成させないと死ぬよ?って話だ。
こんな感じで、魔王さま直々の任命と呪いを受けた俺は、今日この瞬間に創設された魔城楽団を率いる羽目になったのだった。
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