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1時間半ほど走った車は路肩に停車した。
「着いたよ、鬼塚。」
恐神に続いて冬子も降車すると、刑務所の看板を見つめた。
「先生が来たかったのはここなんですか?」
「そうだ。何故ならここは…」
「僕とエンジェルの生まれた場所だからさ。」
背後から突然聞こえた春哉の声に2人は振り向いた。その瞬間、春哉は持っていたナイフを恐神に振り下ろした。
「先生!」
冬子が咄嗟に恐神を突き飛ばし、ナイフの先が冬子の肩を掠め、傷口から血が流れ出た。
「鬼塚!」
恐神はすぐに立ち上がり、冬子の手を引き自分の背後に移動させた。
「おやおや、ヒーロー気取りかな。君はエンジェルのパートナーには相応しくないんじゃないか?」
春哉はナイフの先に付いた血液をペロリと舐めた。
「…エンジェルの一部が僕の体内に入ったよ。」
その感情を読み取れない春哉の表情を見た恐神は、ゾクッと背筋が寒くなった。
「…どうやって逃げ出したんだ?」
「逃げる?違うよ、僕は解放されたんだよ。この国は僕を捕まることはできない。…ん?そうか、ずっと考えていた謎が解けたよ!」
急に声を上げた春哉に、恐神は警戒しながら睨み付けた。
「恐神蓮生って、あの連続殺人鬼じゃないか。そうかそうか、そういうことか。恐神蓮生、君はエンジェルに選ばれたわけじゃない。君を監視するようにプログラミングされていたんだよ。」
「…また訳の分からないことを。」
「先生、彼の話に耳を傾けるのは危険です。」
春哉はナイフにカバーを着けてポケットに仕舞った。
「恐神蓮生、君も僕たちの仲間じゃないか。むしろ、君が1番の先輩に当たるかもしれない。」
「…どういう意味だ。」
「ふふ、本当は分かっているんだろ。なら、聞くが、君は何故あんな殺人事件を起こしたんだ?」
恐神は惑わされないことを念頭に起きながらも、春哉の言葉で頭の中の記憶の引き出しを探していた。
「…ぐっ。」
恐神は頭を押さえながらその場で膝をついた。
「先生っ!?」
「だ、大丈夫だ。」
「無理に思い出さない方がいい。その記憶は抹消されているはずだからね。」
ー すみれの実家 ー
その頃、療養休暇中のすみれは実家に戻り心身ともに静養をしていた。すでに物置きと化していた嘗ての自分の部屋から出てきたすみれは、1階まで降りてリビングの扉を開けた。
「あ、すみれ。また随分と寝坊して。」
「おはよう、お姉ちゃん。」
「おはようって、あんたもう昼過ぎだよ。お母さんは買い物に行っちゃったよ。何か食べる?」
「大丈夫だよ、自分でやるからさ。」
すみれは、姉のかえでが車椅子でキッチンに行こうとしたのを止めた。
「何よ、私に気を遣わなくていいよ。」
かえでは微笑みながら言った。
かえでが車椅子になったのは、紛れもない、恐神にナイフで首を切り付けられた際に脊髄を損傷し下半身不随となった為であった。すみれはそんな姉の姿を見る度に心を痛めていたが、当のかえで本人はこうなってしまったものは仕方ないといった精神で、今では歩くより楽だなんて冗談を言うくらいになっており、すみれは姉を心から尊敬していた。
「昨日の残りのハヤシライスがあるのよ。私が作ったんだけどこれがまた絶品でさ。昨日すみれは夕飯ウチで食べてないんだから、朝ハヤシライス食べてよ。ね!」
「う、うん。」
すみれの返事にかえでは微笑み、ハヤシソースの入った鍋を火にかけた。
「車椅子だって料理はできるのよ。」
「ねぇ、お姉ちゃん。」
「ん?」
「お姉ちゃんはさ、恐神のこと心から恨んでるでしょ。保護法だか何だか分かんない法律で、恐神のその後が知れなくなったことに怒りは無いの?」
すみれの問い掛けに、かえでは無言のまま鍋のハヤシソースが焦げないようにゆっくりとかき混ぜ始めた。
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