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「わざわざ一度県警を退職して、別の県警の試験をし直した理由がそれか。」
鬼怒田は驚いたのを通り越して半笑い状態で言った。
「俺は恐神蓮生が釈放されたのなら、奴の顔を見たくはない。もしかしたら、怒りで自分が奴を殺してしまうかもしれませんから。ですから、少なくとも奴の痕跡が残る県は出たかった…それだけです。」
「仮に恐神が本当に釈放されていたとしたら、その真相を突き止めたい、もう一度捕まえたいっていう思いはないのか?」
鬼怒田が不敵な笑みを浮かべながら問い掛けた。
「…俺は今、何かを試されてます?」
「いや、これは俺の興味本位で聞いてるだけだ。釈放された恐神がこの街にいる可能性だって0じゃない。そもそも、あんな大量殺人を犯した人間が釈放されたとなれば、俺もその理由は是非とも知りたいものだ。」
「…もし、釈放されたのが本当ならば、俺は奴を自分の手でもう一度捕まえてみせますよ。」
賢太郎は鬼怒田の目を真っ直ぐに見つめながら答えた。
「ふっ、良い眼だ。何かあれば俺も協力するよ。」
賢太郎が自席で仕事をしていると、面談を終えたすみれがしょんぼりしながら帰ってきた。余り見ないテンションが低いすみれを気になってしまった賢太郎は、すみれが力なく隣の席に座ると声を掛けた。
「…係長に厳しいこと言われたのか?」
すみれはコクンと頷いた。
「でもよ、厳しいこと言ってくれるってのは、係長もお前のことを期待し…」
「うっそーん!!」
すみれは満面の笑みで賢太郎の方を向くと、イライラが頂点に達した賢太郎は、少しでもすみれを心配した自分を後悔し、頭を冷やすために無言で立ち上がり、トイレに向かった。
「ありゃ、怒っちゃったかな?」
気を落ち着かせた賢太郎がトイレから出てくると、目の前ですみれが手を合わせて待っていた。賢太郎は冷たい視線を向けると無言で前を通り過ぎた。
「桐生くん、やりすぎました、ごめんなさい!このとおり!」
「…俺は子どもじゃないんだ。お前が冗談でやってても俺は冗談と受け取れる自信はねぇ。」
賢太郎の答えに対し、何も返してこないすみれに、賢太郎は足を止めて振り返った。すみれはうつ向いたまま立ち止まっていた。
「青葉?」
「あのさ、恐神蓮生の話なんだけど…。」
「お前っ!まさか、俺と係長の面談を盗み聞きしてたのか!!」
「私のお姉ちゃん、あの事件で大怪我負って、今でも後遺症で苦しんでるの。」
「え…。」
いつも明るいすみれが目に涙を浮かべていた。
「まさか、桐生くんが恐神を逮捕した刑事さんだったなんて思いもしなかった。」
「…たまたま手柄を挙げられただけだ。」
「恐神が釈放されたって話…。」
「それは俺にも真実は分からない。」
「でも、その可能性が高いから不破警察署を辞めて来たんでしょ?」
賢太郎はすみれの目を見つめたまま何も答えなかった。
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